日本人の誇り
日本人の覚醒と奮起を期待したい 
藤原正彦・著 文春新書
 

 幻影と現実

 日本人がどう解釈しようと、幕末から明治にかけて来日した外国人の言葉によると、日本は少なくとも江戸時代から明治中期にかけて、恐らく歴史上日本以外の世界のどこにも存在しなかった、貧しいながら平等で幸せで美しい国を建設していたのです。
 こういった見聞録に対する現代知識人の冷笑主義に私は与しようとは思いません。百歩譲ってその言い分を認め、そのような印象が単なる幻影だったとしても、少くとも当時来日し見聞録を残した欧米知識人のほぼすべてに、そのような幻影を抱かせるだけの現実が、日本にあったことは間違いないのです。
 もちろん褒め言葉ばかりではありません。
 昭和初期の東京に住んだイギリス人のサンソム夫人は日本人が大好きな人でしたが、「大きな音を立てて吸い物をすすり飲み終えると大きな幸せそうなあくびをする」と呆れたり、「乗物の中に沢庵漬けの匂いが漂っていると気分が悪くなりすぐに降りてしまう」とか「日本人は切符売場などで列をきちんと守らない」と不快に思ったようです。彼女は「日本人にとっては真実を述べることより相手を喜ばせることの方が大事です。お世辞の連発ではなくてさり気なく相手を喜ばせようとする」と日本人の本性を見破ってもいます。1854年に下田に来たペリー艦隊のある通訳は、銭湯での混浴や町で普通に売られてい
る春画を見て、「私か見聞した異教徒諸国の中では、この国が一番みだらかと思われた。……この民族の暗愚で頽廃した心を、啓示された真理の光が照らし得るよう神に望み、祈る」と日記に書きました。
 翌々年に下田に来て同じ風景を見た初代駐日領事のタウンゼント・ハリスは、50代という年齢のせいかもう少し落着いていて、「私は何事にも間違いのない国民が、どうしてこのように品の悪いことをするのか、判断に苦しんでいる」と当惑しました。もっとも後にある温泉を訪れたハリスは、風呂の中で白く美しい肌をした女性から何の戸惑いもない明るい声で「オハヨー」と言われ考えを改めたようです。理解できることです。
 
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