モリーの場合

 数力月前、心臓を病んでいたモリーが他界した。生まれつき心臓の弱かったモリーは、自分は普通の人と同じくらい長くは生きられないだろうと、いつも覚悟していた。否定的な人間だったわけではない――現実的だっただけだ。彼女は三度ほど危険な手術を乗り切っていた。私が彼女とはじめて会ったのは、最後の手術を終えてすぐのことだった。
 モリーは、息を切らせ、とても興奮した様子で私のアパートを訪ねてきた。私は何よりも、彼女の燃えるような赤い髪の毛に目を奪われた。彼女は、急な訪問にもかかわらず部屋に通してもらえたことに、感謝の言葉を述べた。緊急の用だと言うので、私はすぐに彼女と会うことにしたのだ。
 「何からお話したらいいのか、わからないわ」と彼女はひどく興奮しながら言った。私はすぐに、彼女のことが好きになった。彼女から、暖かさとやさしさが感じられたのだ。
 「メアリー、私はいままで、霊能者とお話したことはありません。でもとにかく、あなたが私のさがしている人物だと思うんです」彼女は息をついた。
 モリーの健康がすぐれないことは、すぐにわかった。少し青ざめていたし、やせ細っていたものの、外面的には健康そうに見えた。だが、彼女が発する緑がかったオーラ(人を取り巻いている目には見えない領域)から、その衰弱した容態が私の目には明らかだったのだ。
 「私、からだがかなり悪いんです」と彼女はさらりと言った。
 「心臓ね」と私は確かめた。
 「それが霊能力ってものなんですね」と彼女は笑った。
 そしてモリーは真剣な表情になり、話を始めたのだ。
 大筋を言えば、彼女は手術台の上で「死亡」し、アストラル界を訪れ、再び肉体へ戻ってきた。彼女はそのときの冒険について、事細かに報告してくれた。まずモリーは、医者が看護婦にこう叫んでいるのを聞いた。「大変だ、これじゃ死んでしまう」。やがてモリーは自分のからだの上空にいて、自分を何とか生き返らせようと必死になっている病院スタッフを見つめていた。手術台の上に横たわる自分のからだを眺めているとき、大きな音――ほとんど轟音に近いもの――が聞こえ、そのあと動きが急速になった。そのうちに彼女は、自分が遠く離れた明るい光と人影のほうに向かっていることに気づいた。
 「怖かったですか?」と私はきいた。
 「ちっとも」と彼女は答えた。
 迎えてくれたのは、おじのアルたった。彼女にとって、これは少し奇妙に思えた。と言うのも、アルが他界する前、彼と特に近しかったというわけでもなかったからだ。彼はにっこりとほほえみ、彼女を安心させた。アルはモリーの手を取ると、急がなければ、時間がないんだ、と言った。
 彼女がはっきりとおぼえているのは、爪先からももまでは冷たく感じたのに、上半身は別に何ら変わりがなかったということだ。アルは、落ちないようしっかり自分につかまっているんだと言った。彼女は霊魂がどうやって動くのかをまだ知らないのだから。彼は、新米の霊魂が「霊歩き」をしようとして落ちてしまう様子を、おもしろおかしく話しながら笑った。チャップリンの映画を見ているようなんだという。
 モリーは、飛んでいるように感じていた。二人は、ゴシック様式の大きな建物の前に到着した。中に入ると、モリーと話したがっている人がここにいる、とアルが言った。彼らは会議室のようなところに入っていった。そこには、百脚はあるかと思えるほどの椅子が並べられた、巨大なテーブルが置かれていた。そのテーブルの端にすわっていた女性が、二人に急ぐようせき立てた。
 アルは、さらに速度をあげて動いた。その女性はモリーに椅子を勧めると、何も恐れることはないと言った。「よく聞いてください。あなたに地上でやってほしいことがあります。それが終われば、私たちのもとに戻ってこられますから」その女性は、きっぱりと、だがやさしくモリーに話しかけてきた。
 地上に再び戻らなければならないことを知り、がっかりとしたモリーの気持ちを感じ取ると、その女性は彼女をたしなめた。「いいですか、わがままはいけません。あなたは生まれる前、この任務に同意したのですよ。そのときのことをあなたが思い出せなくても、関係ありません。これはカルマ的な状況なのですからね」
 彼女は、モリーの任務についてさらに説明を続けた。モリーは物質界に戻り、グリニッチ・ヴィレッジに住むメアリーという名の霊能者をさがさなければならない。そしてその霊能者に、自分がアストラル界を訪れたときの話を伝えるのだという。彼女はさらに、その霊能者はあの世を見たという自身の体験に基づいた本を執筆中で、モリーの話がほかの人々を教育するのに役立つことになると続けた。メアリーなら、この話を世間に公表してくれるはずだ。メアリーを見つけたら、「オールド・レディー」がよろしく言っていたと伝えてほしい。彼女なら、その意味がわかるはずだ。何か質問は?
 「その霊能者の名字は? ヴィレッジのどの辺に住んでいるのですか? どうやってさがし出せばいいんです?」とモリーは尋ねた。
 「あなたは賢いはずです。メアリーを見つけるのは、あなたの仕事ですよ。ものごとというのは、そう簡単にいくものではありません。彼女は本を執筆中のはずですから、すぐにその人かどうか見分けがつくでしょう。アル、庭園を抜けて姪御さんに帰り道を教えてあげなさい。あなたがこの世界に戻ってくるのを待っていますからね。さあ、いきなさい。仕事が待っていますよ」その女性は手を振って見送った。そこでモリーは、私にこう語った。「あの庭園の美しさを説明できたらいいんですけど。あそこに咲いていたような花は、いままで見たこともありませんわ。とっても生き生きとしていて、まるでこんにちはと話しかけてくるような気がするくらいなんです。あそこが楽園と呼ばれる理由がわかりました。あんな風景なら、ずっと飽きずに見ていられたかもしれませんけど、おじのアルが、からだに戻るときがきたと言うものですから。
 そのあとは、回復室で目覚めたことしかおぼえていません」モリーは少し間を置き、私の返事を待った。
 モリーが、私か信じてくれないのではないかと恐れているのがわかった。
 「どうやって私を見つけ出したんですか?」と私はきいてみた。
 「まず目覚めたときは、混乱していました。何日かたってからやっと、あの出来事をすべて思い出したんです。医者は、私の命は危機一髪のところだったと言っていました。みんな、とても心配していました。姉は泣きながら、私はもう死んでしまったのかと思った、生きているなんて奇跡だ、と言っていましたわ。回復してくると、私は自分が見たことをみんなに話したくてしかたなくなりました。でも姉は、私の話を信じていないようでしたので、両親には話さずにおくことにしたんです。話す必要もなさそうでしたから」モリーは息をついた。
 そして今度は、私をさがしたときの話を始めた。いままで霊能者のもとへいったことなどなかった彼女は、そういった職業の人間とはいっさい関わりがなかった。そこで、さまざまな心霊主義の教会へ問い合わせてみたが、成果はなかった。友人も、力になれそうになかった。だがいきつけの診療所で、一冊の雑誌を拾い上げたとき、彼女の捜索も終了した。何人かの霊能者について特集したある記事の中に、グリニッチ・ヴィレッジに住むメアリー・T・ブラウンという名前を見つけたのだ。
 「あなた、本を書いているんじゃありません?」と言うと、彼女は息をのみ、私の返事を待った。
 「ええ、モリー、書いてます」
 やがて彼女は、安堵の涙を流し始めた。私は、彼女の話は一語一句たがわずに報告しましょうと約束した。
 「モリー、その『オールド・レディー』についても、もう少し話してもらえないかしら?」と私は尋ねた。
 「とても大柄な女性でしたわ。頭をスカーフでおおっていました。着ている服は、前世紀のもののようでした。早口でしたし、私には聞き取れないようなアクセントがありました。彼女の瞳の鋭さには、ぎょっとさせられました。それに、とても忙しそうでしたわ。彼女から伝わってきた大きな愛情を感じ取ることがなかったら、ちょっと威嚇的に感じたかもしれません」彼女はそこで、息を整えた。
 「あの人はだれなんです、どうして自分のことを『オールド・レディー』なんて呼ぶんですか?」とモリーが尋ねてきた。
 彼女は私の師なんです、と答えた。彼女の服装が前世紀のものだというモリーの推測は当たっている。彼女は一八九一年に他界したのだから。人に向かって「オールド・レディー」と呼ぶなど、失礼に聞こえるかもしれないが、彼女の場合、親しい人間だけが使う愛称みたいなも 仞
のなのだ。
 「オールド・レディー」は、霊界でも働き続け、特定の人々に霊感を与えている。私はもう20年ほど彼女に波長を合わせてきた。あの世から送られてくる彼女の影響は、私が仕事をする上で大きな支えとなってきたのだ。その権利を勝ち得ている場合、霊界からの援助を得ることができる。たいていは、「オールド・レディー」自ら私のもとを訪れてくる。彼女のすることにはすべて、特定の意味がある。たとえばモリーをメッセンジャーとして送り込むことで、人々に臨死体験についての知識を授けたのだ。
 モリーは、私のよき友人となった。彼女はまるでスポンジのように、知識をどんどん吸い上げていった。私は、彼女に輪廻転生やカルマについて書かれた本を貸したり、彼女の家族にも会った。みんないい人たちで、モリーをとても愛していた。彼女の体験が現実だったということを、必死になって納得させる必要もなかった。彼ら自身もかなり精神的な人間で、自身の死後の人生を信じていたのだ。彼女から、人々に情報を与えるのはあなたの仕事で私のではないのよ、と笑いながら諭されることが何度もあった。
 モリーが他界してからまだ一年もたっていない。他界する前の晩、私は彼女の母親の家で彼女と一緒に時を過ごした。私たちには、言葉はほとんど必要なかった。彼女が私に語りかけた最後の言葉は、「あちらにいったら、あなたのために何かしてあげられるかしら?」というものだった。
 「私に代わって、『オールド・レディー』にお礼を言っておいてちょうだい。それから、友達のニッキーを見つけたら、とても愛してるわって伝えて」と私は答えた。
 「喜んでするわ」と彼女は言った。それからしばらく黙っていると、やがてこうきいてきた。
「メアリー、私が『オールド・レディー』の力になれると思う? いままで何度もあなたにれをききたいと思っていたの。霊界では多くの大たちが働いているっていうことは知っているわ。
『オールド・レディー』が私をアシスタントとして使ってくれるかもしれないなんて考えるのは、おこがましかしら? 私、もうすぐいくわ。目を閉じると、おじのアルが見えるもの。もうすぐ故郷に戻れるよって言ってるわ」彼女は言葉を休めた。
 「モリー、もちろんあなたは彼女の助けになれるわ。すばらしいアシスタントになるわよ。あなたは『オールド・レディー』とカルマ的につながっているっていうことを忘れないで。私にメッセージを伝える役目としてあなたが選ばれたのは、決して偶然じゃないのよ。あなたの体験談とあなたの勇気は、たくさんの人たちの役に立ったわ。あの世にいっても、あなただったら人の役に立つことが続けられるはずよ」
 翌朝、モリーは去り、「故郷」へと向かった。
 そして約束どおり、私はここに彼女の話を紹介したのだ。
 
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