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 肉食が地球を滅ぼす
中村三郎・著  ふたばらいふ新書
 
 
 肉食が生活習慣病を増やしていく

 戦後日本では、GHQ(連合司令部)の思惑と、アメリカ風の生活を進歩と見る風潮が重なり合って、食生活の改善(改悪)が奨励されてきた。米を主食とする日本の伝統食は、欧米の食事に比べて栄養的に問題があるとされ、また欧米人並みの体位への向上を図るために動物性タンパク質を多く摂る食生活のスタイルが植えつけられていった。
 そのため、肉や卵、牛乳、バターといった高タンパク質食品が急速に普及していく。なかでも肉の消費量は、驚異的な勢いで増加していくことになる。1955年の年間消費量は20万トン足らずだったのが、小麦食が定着した65年には100万トンに達し、その後も消費を伸ばし、2002年現在では560万トンにのぼっている。50年の間になんと30倍にも増えたのである。

 肉はたしかにうまい。そのうま味が、まず好まれるのだろう。肉がうまいのは、そこに脂肪が含まれているからだ。だが、この脂肪がくせものなのだ。肉の主成分はタンパク質と脂肪だが、分子構造上、高分子のタンパク質は味がなく、低分子の脂肪は味があるのでうまく感じる。牛肉でも豚肉でも、ロースのほうがモモ肉よりもうまいのは脂肪が多いからである。(中略)肉を食べる際には、うま味のある脂肪の多い肉を、つい選ぶようになる。するとタンパク質よりはるかに多く脂肪を摂取してしまう。
 脂肪は、植物性と動物性に分けられる。植物性には、必須脂肪酸であるリノール酸が多く含まれ、体内のコレステロールを下げる働きを持つ。コレステロールはご存知のように、血管内にたまって動脈硬化の原因となる物質である。動物性には飽和脂肪酸が多く、コレステロールを体内に蓄積しやすい。
 動物性脂肪を摂りすぎると、コレステロールの蓄積によって動脈硬化性疾患を引き起こし、心疾患や高血圧症、糖尿病、脳血管障害などの生活習慣病にかかることが、すでに指摘されている。アメリカ公衆衛生局の報告によると、アメリカ国内の病気による死亡者の70パーセントが動物性脂肪の過剰摂取が要因と思われる生活習慣病で死亡しているという。

 食肉消費国の欧米では、こうした動物性脂肪の摂取過多による慢性病が大きな社会問題になっているが、さらに最近増加しているのが、ガンの発生である。ガンの発生は、もちろん脂肪の摂りすぎも関係しているが、動物性タンパク質も、また大きな要因となっている。タンパク質が体内に多くなると、トリプトファンという必須アミノ酸が腸内の細菌によって分解され、発ガン物質あるいはこれを生成する物質が促進されるからだという。
 近年、アメリカでは肥満や生活習慣病を防ぐために、脂肪の少ない赤身の肉を食べる女性が多い。しかし、赤身の牛肉を毎日食べている女性は、肉を全く食べないか食べても少量の女性に比べ、大腸ガンにかかる確率が2.5倍も高かった。動物性タンパク質とガンの関連性を調べた調査では乳ガンの発生率も多かったという。また、肉の中に含まれる多量の鉄分も発ガンを促進するといわれる。つまり脂肪の多い少ないにかかわらず、肉食自体がさまざまな病気を引き起こす原因になりうるということなのである。

 
日本でも、肉食の増加にともなって生活習慣病が確実に増えてきており、ガンの発生も多くなっている。それまで日本人にはほとんど見られなかった大腸ガン、乳ガン、前立腺ガンなど、食肉消費国の欧米に多いガンが顕著な増加をしている。たとえば、大腸ガンによる死亡率は、まだ肉食の習慣がなかった1944年には、10万人にわずか2人だった。当時、アメリカでは10万人に16人と日本の8倍におよんでいた。その後、日本での大腸ガンによる死亡は68年に4人、88年には12人にのぼり、そして2000年には30人と、50年でほぼ15倍に増えているのである。
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メリカやイギリスなど食肉消費国40カ国を対象に、統計調査が行なわれたことがある。その結果、肉食による脂肪とタンパク質の摂取は、いずれの国でも動脈硬化にともなう心臓疾患、大腸ガン、乳ガン、子宮ガンなどと強い相関関係があることが示された。そして、とくにガンにおいて、米、大豆、トウモロコシなどの穀物は、その発生を抑制する働きを持つことも明らかになったという。
 また、カナダの専門家による調査報告では、食肉(特に牛肉)が、ガンの発生、進行を促すことは否定できないとし、野菜や繊維質食品を多く摂取する食生活に変えなければ、ますます病気が増えていくおそれがあると警告している。

子供の健康
 子供の健康を害する学校給食

 戦後、肉食を中心とした欧米風の食生活の推奨によって、日本人の体格はどんどん向上した。体が一回りも二回りも大きくなっただけでなく、脚もすらりと長くなり、スタイリッシュな体型に変わった。
 が、その一方で、ゆゆしき問題が持ち上がっているのだ。それは最近、子供たちの間にも、生活習慣病が急速に増えていることである。東京女子医大が首都圏の小、中、高校生を対象に調査した結果、20人に1人が動脈硬化や高血圧の傾向にあることがわかったという。 
 子供の生活習慣病の増加には、学校給食が大いに関係しているといっていい。(中略) 現在の学校給食には、大きく言って2つの問題がある。1つは、肉や卵、乳製品を重視した献立である。子供の発育には動物性タンパク質の摂取が不可欠であるという栄養観に立っているから、どうしても献立の食材は動物性食品に偏ってしまう。
 もう1つの問題点は、子供に動物性食品偏重の栄養知識を植えつけてしまうことだ。学校という教育環境の中で出される食事だから、頭から肉や卵、乳製品が健康に最も大事な栄養源だと信じ込んでしまう。その栄養観が家庭に持ち込まれ、つねに動物性食品がメインの食事を摂るようになる。次第にコレステロールなどの有害物質が蓄積されていき、高血圧や動脈硬化を引き起こしていく。

 今、日本人の平均寿命は、男性が77.9歳、女性84.7歳で、世界一の長寿国である。これはうれしいことだが、この長生きを現代の子供たちに求めるのは無理だろう。
 人間の健康維持能力の基礎は、だいたい15歳から20歳くらいまでの間に形成される。日本人の寿命の長さを支えているともいえるお年寄りの人たちは、明治、大正、そして昭和初期に生まれた人たちである。この人たちは、戦前、戦後を通じて、粗食とはいえ欧米化されない日本伝統の食習慣を持って生きてきた。つまり、生命力の基本を作る青春期を、日本古来の食文化の中で育ってきた人たちなのである。現代の子供たちを取り巻く食環境は、この人たちと正反対のところにある。飽食と動物性食品の食事にどっぷりとつかってしまっている子供たちは、だから短命に終わる可能性が高い。成人に達する頃にはさまざまな病気に苦しむことになるのではないか。
世界に広がる
 世界に広がる日本の伝統食

 食生活の欧米化が推奨され、動物性食品を多く摂るようになって、日本人はさまざまな疾患に悩まされることになったわけだが、一方で、今、アメリカでは皮肉な現象が起こっている。日本食ブームである。
 アメリカの多くの大都市で寿司バーが続々とオープンし、スーパーでもパック入りの寿司が売り出され、テイクアウト食品として人気を集めてきている。また、豆腐やそば、そしてこれまではほとんど見向きもされなかった梅干し、納豆なども流行しだしているのだ。ハリウッドのある有名なレストランでは、カボチャや大根、ヒジキなどの煮物料理が、スターたちの間で好評を得ているという。
 食肉の日常的摂取が健康に悪いという知識が、アメリカ国民の間に広まってきている証左といえるが、この日本食ブームは、アメリカ政府が1977年に発表した「理想的な食事目標」がきっかけである。通称「マクガバン・レポート」といわれるもので、アメリカ国民の動物性食品の摂取が危機的過剰レベルにあるとして、摂取量の抑制基準を作成、国民に報告して食生活の改善を呼びかけたのだ。
 その内容は、戦後、西洋化する前の日本人の食事における栄養摂取と非常によく似ている。何のことはない。日本の伝統食を参考にしたものなのである。日本人にさんざん肉を食わせておきながら、日本食を「理想の食事」とは、何とも無節操な、日本を小馬鹿にした話である。

 ところが「マクガバン・レポート」を発表した後も、アメリカ国民の肉類の過剰摂取になかなか歯止めがかからない。年々、心臓病やガンなどの生活習慣病の発生が増加、死亡者が多くなっていく一方だった。国民は健康に不安感を強く募らせるようになり、肉食を中心とする食生活を改める動きが広がっていった。 
 最近、アメリカだけでなく、ヨーロッパ諸国でも肉類の過剰摂取の問題が注目され始め、日本食を採り入れることで、その量を抑える動きが見られる。ドイツやフランスでは、米と野菜の雑炊や豆腐ステーキ、豆腐サラダといった豆腐料理などが、すでにポピュラーになっている。肉食過多に対する見直し、そして低脂肪、低カロリーの日本の伝統食の普及は、今後、世界的な流れになっていくのではないか。

 日本の伝統食とは、一般的に、米を主食とし、その副食としてその土地で産する豆、野菜、魚、海草などを取り合わせた食事とされている。たしかに、猪、鹿、ウサギ、野鳥のほか、鶏や豚、農耕用に使えなくなった牛馬なども食べられていた。しかし、それらの肉を食べることを「薬食い」と言っていたことからみると、肉食は、通常の食生活におけるタンパク質源としてではなく、病気やハレ(祭りや祝い事)の日など、何か特別なときに口にするものだったのではないかと思われる。
 日本では古来から肉食はタブーとされてきて、その背景には殺生を罪とする仏教観があったからだ。天武天皇が肉食禁止令を出して7世紀より19世紀(江戸末期)までの間、公的には肉食は禁じられていた。ただし、魚肉は例外で、魚の殺生は許されていた。海に囲まれた日本は昔から魚を日常的な糧としてきたため、おそらく魚肉までは禁止することをしなかったのだろう。 
 こうしたことから、日本は米を基本に植物性食品を主体とする食事を何世代にもわたって守ってきたのであり、その食事が「日本の伝統食」であると理解できるのではないだろうか。
 
 
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