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 反日国家・日本
名越二荒之助・著 山手書房 1985年刊

 
英霊の化身か、ある母の訴え

 ものを書く場合には、モチーフ(精神的衝動・動機)というものがある。この一冊の本を書かせたモチーフは何か。私が今年の二月、ある所で講演して終った時、腰のまがった九十歳近い老婆が、何かにつかまりながら起ちあがった。彼女は肩をふるわしながら、のどをひきさくような声で訴えた。話し方はたどたどしかったが、生涯のエネルギーをふりしぼったような悲泣の叫びであった。とても文字では伝えられない内容だが……。

 
私は長男を、フィリピンで戦死させました。人の命は地球よりも重いという人がありますが、わが子を失った以上の悲しみがありましょうか。

 靖国の宮にみ魂はしずまるも
    おりおりかへれ母が夢路に

 あの子は今も出征した時の凛々しい姿で、何度も夢枕に立ちます。私はここ四十年間、毎日陰膳を供えてきました。
 ところが、これから使われる教科書は、“侵略”と書くそうですね。私の子は侵略戦争をやったんですか。あの頃の日本人はみんな侵略戦争にとり組んだんですか。どうして日本が悪かったと教えなければ、いけないんですか。私はこのことを聞いたら、何日も眠れませなんだ。……
 敗戦直後は、犬死とさげすまれ、今度はもっと不名誉な侵略者にされてしまいました。戦死者をどれだけバカにすれば、気がすむんですか。……グチはこぼしたくありません。せめて私だけでもあの世へ行って、「お前はよくやった」とほめてやります。……よろしくお願いします。


 終りのへんは涙にかき消されて聞きとれず、聴衆は寂として声はなかった。最後の「よろしくお願いします」という一言は、私に対する遺言ともとれた。この母の叫びは、一人の戦没者の母のものではない。二百数十万の遺族の魂の叫びでもある。それはまた多くの戦友や同胞を失った我々日本人の魂につきささる。靖国の神々はいま、大和島根の空を天がけりながら、何を思うか。わが祖国のために尊い身命を捧げた英霊の心を教えずして、教育と言えようか。私にはこの老婆の悲泣とともに、ある戦争未亡人の歌が忘れられない。

 この果てに君あるごとくおもはれて
    春のなぎさにしばしたゝずむ

 かくぽかりみにくき国になりたれば
    捧げし人のたゞに惜しまる

 そもそも教育は国民のためにある。日本人の日本人による日本のための教科書を願って(教科書はタダで配られている)、税金も払われている。たしかにわが国の歴史を「侵略」と書けば、中国側は満足するであろう。しかし真剣に生きてきた日本国民を、このように泣かせるのである。これが果して近隣諸国との友好になるのか。真の友好とは、主権尊重、内政不干渉の原則に立って、相互の戦争論を公平に理解しあう所にあるのではないか。
 作品のモチーフを読者に紹介することは、邪道であることを知りながらも、敢て冒頭に掲げる所以である。

     昭和五十九年七月七日
              名越二荒之助
 
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