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 新・片づけ術 断捨離
“場”を整えれば、運は開ける
やました ひでこ・著 マガジンハウス
 
 ガラクタやホコリが示す停滞運・腐敗運

 ここでガラクタやゴミを生鮮食料品に例えてみます。捨てていないだけで、どっからどう見てもゴミというモノは「腐ったハム」と同じです。もはや食べられない(=使用できない)モノなのですから。
 そしてゴミではないけれど、「不要・不適・不快」なモノ、つまり食べられるけど賞味期限切れで美味しくないモノは、「ひからびたハム」ということになります。つまりガラクタです。「ひからびたハム」は「もっと腐ってから捨てよう」なんて冷蔵庫に戻したりして。臭いを嗅いで「まだ食べられる」と。でも、いつまで経っても食べる気にはならないモノなのです。でも捨てるのは後ろめたい。そこで、見えない密閉容器みたいなものできちっと密封して中に何が入ってるかわからない、みたいな状態にしてしまう。そうやって「開けるのが怖い」というほどに追い込んでしまうわけです。
 このように生鮮食料品に例えると非常にわかりやすい。関係性において「腐ったハム」なのか、「ひからびたハム」なのか。やっぱり自分が大切であればなんの躊躇なくフレッシュなハムを与えてあげるのが自然なことです。断捨離では、そこを思い切りましょうよ、ということなのです。ある受講生さんがおもしろいことを言いました。「ハムなら腐れば捨てられる。洋服も腐ればいいのに」。確かに、腐れば臭うし、見た目にも変化があるわけだから捨てられます。でも、洋服が腐るなんて悠久の時の流れが要るわけで…。何百年前の服だって博物館で見受けられるくらいですから。でも、関係性的には、実質腐っているも同然というモノがあるということを意識してみます。
 断捨離では、「ひからびたハム」のように、使えるけれど使う気のしないモノの放つ運気を「停滞運」、「腐ったハム」状態のゴミ、そしてホコリが発する運気を「腐敗運」と呼びます。でもみなさん、ここからが大事。逆に言うと、ガラクタ、ゴミ、ホコリを取り除くことで「停滞運」「腐敗運」は取り除ける、と断捨離では考えます。「不要・不快・不適」なモノを「要・快・適」に入れ替えることで見えない運気まで向上することができるのです。そして私の実感としては、部屋の中のモノの8割はガラクタとゴミ、つまり「ひからびたハム」と「腐ったハム」で占められていて、そのうち半分はゴミ同然の「腐ったハム」です。

 
さらにガラクタを3タイプに分ける

 「ひからびたハム」ことガラクタをもう少し細かく分類していきましょう。

〈使っていないモノ〉漫然と保管、放置されているモノ。あるいはあることさえも忘れているモノ。捨てることを先送りしている後ろめたさを伴ったモノ。

〈使っているモノ〉一応使ってはいるものの、気に入っているわけではないので使い方も乱雑。雑然とした中にあってぞんざいに扱われているモノ。

〈想念の強いモノ〉思いが込められているためなかなか捨てづらいエネルギーの強いモノ。

 「使っていないモノ」は言ってみれば呪縛のエネルギーに満ちています。いわば「呪縛のヘドロ」です。だって、本当は捨てなきゃと思っているのにそれを実行しないでいる、そして時が経つうちに、存在すら忘れているわけですから。本来、人に使われるべく生産されたはずのモノにとってみれば、「さみしいよ」「使ってくれよ」「使わないなら別の使ってくれるところにやってくれよ」となりますよね。「うらめしや〜」という感じでしょうか。同時に「いつか処分する」という自分に対する約束も破り続けている。呪縛とともに、自分への信頼感も喪失している、そんなイメージです。
 「使っているモノ」は「混乱というヘドロ」。大して好きでもないのに使っている、つまり自分に相応しくないモノを自分で自分に与えているわけですから。使ってはいるけれども、雑然と散らかっている状態も同様です。また、それらは混乱と同時に羞恥心も呼び起こします。散らかっていることや自分に不似合いなモノを与えていることを恥じないメンタリティを持っている人は稀ですね。あるいは、それに慣れきってあまり意識に上ってこなかったとしても潜在意識では恥じていることが多いものです。
 「想念の強いモノ」はそのモノ自体が強い気を発しています。絵、骨董、動物の置物、人形など、お焚き上げをするとか、特別な処置が必要そうなモノですね。こういうモノは「使っていないモノ」「使っているモノ」の発する呪縛や混乱のヘドロとはまた異なる、ネガティブなエネルギーが宿っている可能性があります。また、こういうモノに無視や忘却という否定を行うと、呪縛のエネルギーはなおさら強まる気がします。
 ここまでわかると、「ガラクタだらけなうえ、雑然と散らかっている」なんていう状態は、無視と否定と混乱と、何重にもネガティブなエネルギーが絡まり合っているようなものだとよくわかりますよね。ヘドロに埋まった状態であっぷあっぷしているわけです。まして、想念の強いモノをそのまま放置しているとしたら…今すぐ部屋の片づけをしたくなりませんか!?

 ★なわ・ふみひとのコメント★
 
私も日頃から「モノの命を活かす」ということを心がけています。その理由は、新しいモノにすぐ飛びついて買ってしまうという習性があるため、買ったのに使わないモノが家の中にたくさんあり、「私を使ってよ〜」という恨み声を発しているからです。
 書籍の場合もそうですが、書店でパラパラと立ち読みした段階で深く吟味せずに買ってしまう習性はいまも治っていません。必ずしも買ったことを後悔するわけではないのですが、読み始めた段階で、貴重な時間を使ってまで読むべき本ではないことに気づき、読むのをやめたケースも多々ありました。それでもそれらの本を捨てられず、本箱の片隅に並べているのは、「どこかに何か参考になることが書かれているはずだ」という未練心があるからです。そうやって読まれないまま廃棄を免れた本たちが、我が家の本箱にはたくさんストックされていて、本箱の隅で「早く読んでよ〜」と恨み声を発しているような気がするのです。この本の著者が言うように、「ネガティブなエネルギーが宿っている」に違いありません。(ようやく計画的に大整理を始めています)
 これから時間のスピードがますます速くなっていくと思われますので、モノとの関係も先送りせずすぐに決着させていくことが大切であると思っています。「捨てるのはもったいない」ということで、とりあえず部屋の片隅やタンスや引き出しの中に置いて、使わずに放置しておくことは、モノの命を活かしたことにはならないということです。
 
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