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 人類の祖先は宇宙人である
ミン・スギヤマ・著  第一企画出版
 
 今米ソ共同の火星移住計画は着々進行

 1977年6月20目、イギリスのアンダリアTVが『第三の選択』という番組を放送した。矢追純一著『戦慄のMARS計画』(二見書房)によれば、それは、米ソ共同の極秘宇宙開発を、科学ドキュメンタリー番組の取材のなかで暴露するというものであり、具体的には、「ごく近い将来、地球は環境破壊のため居住不能になることが科学的に証明された。そこで、せめて人類の種を絶やさないため、選りすぐった1万人の人間をひそかに火星へ移送しようとする計画がたてられ、さらに、火星はすでに米ソの科学者によって、人間が住める環境に改造されている」というものであった。番組内で、ケンブリッジ大学の地球物理学者カール・ガーシュタイン博士は次のように語った。
 「地球観測年にあたる1957年、米アラバマ州ハンツビルで、国際科学者会議が開かれた。その席上、我々人類が石油その他の化石燃料を大量に消費することによって、大気中に放出される炭酸ガスの量が幾何級数的に増えていることが問題になった。このまま放置すれば、“温室効果”によって地球が温暖化し、地球上は猛烈な異常気象に襲われる。その結果、南北両極の氷が溶けはじめて海の水位が上がり、世界の主要都市のほとんどは水没してしまう。また、温室効果がさらに進行すると、地球全体が金星のように熱せられて、人々はあらゆる生物とともに灼熱地獄にあえぎながら死んでいかなくてはならなくなるだろうと警告が発せられた」
 しかもそれは、1960年代から始まりしだいに加速されて、今世紀末には取り返しのつかない事態にいたるだろうとも触れていた。
 そして、ガーシュタイン博士は、この地球温暖化から人類を救う道として、会議では3つの選択案が討議されたと語った。
 「第一の選択案は、大気中に核爆弾を打ちこんで、炭酸ガスの厚い層に穴をあけ、風通しをよくしようというものだった。しかし、これには難題がひかえていた。放射能汚染の問題もさることながら、核爆弾によって地球をとりまくオゾン層にまで穴をあけることになる。もし、オゾン層が破壊されると、それが防いでいた太陽からの有害な紫外線が直接地上に降りそそぎ、地上の生物はみな皮膚ガンに冒されて死滅するにちがいない」
 そこで第一の案は却下された。
 「第二の選択案は、地下に都市を造って移住しようというものだった。だが、海面の水位が上がるにつれて、洪水は地下へも流れこむことになろうし、だいいち、地球が熱くなれば、地下にまでその熱がおよぶのは時間の問題だ」
 この第二の案も却下された。残された選択は1つしかなかった。
 「最後に残った第三の選択案は、絶望的と言えるものだった。このままでは、どうあっても人類滅亡は免れない。となれば、種族保存のため、せめてわずかな人間でもいいから、別の惑星へ逃がしておきたい。そのためには、大がかりな宇宙計画が必要であり、米ソ二大国の緊密かつ極秘の協力が絶対に不可欠だ、というものだった」
 そして、この国際会議の席上、人間を移送する惑星には、火星が最適であろうと提案された。さらに、宇宙航空専門家のチャールズ・ウェルボーン氏が、火星へ人間を移送するための具体的な計画を、次のようにパネラーに示唆したというのである。
 「火星へ大量の物資や人間を送りこむには、引力の小さな月面に前進基地を設けるのが最上の方法であろう。月面に基地を設けるメリットは、月そのものが恒久的な衛星であり、地球に非常に近接しているということだ。また、月面基地は惑星間飛行への中継基地としても使えるし、地球を監視する軍事基地としても使える」
 テレビ番組『第三の選択』の制作を巡って、何人もの関係者が不審な死をとげ、あるいはいまだに行方不明のままとなっている。その中で命がけで一本の特殊なビデオテープとそれを見るための装置を番組スタッフに提供してくれた者達がいた。
 その謎のテープを再生してみると、そこには米ソが共同で極秘裏に打ち上げた火星探査船から送信してきた火星表面の画像が現れたのである。
 画面いっぱいに広がる赤茶けた砂漠のような大地と、青い空が映り、探査機が大きく旋回して着陸しようと下降していくようすがはっきりと捉えられている。
 やがて、英語とロシア語が火星から地上管制センターに送られてきた。ソ連のどこかの宇宙センターとヒューストンが同時中継で探査機の着陸をコントロールし合っているらしい。
 画面には米ソ両国語で次々に火星上のデータが記されていく。
 「南西の風、風速、毎時21キロメートル」
 「気圧、707.7ミリバール……」
 「気温、摂氏4度……」
 そして、探査機が火星表面に軟着陸すると、両国の管制官が興奮して叫ぶ声が入ってくる。「やったぞ! ついに我々は火星に到達したんだ」
 「ここは空気もある。我々は住むところができた。火星に人間が住めるんだ!」
 「今日は1962年5月22日。我々の隠れた歴史に残る記念すべき日になるぞ!」
 信じられないことに、この日付けは、バイキング1号が火星に軟着陸した1976年7月20日より14年も早い。
 さらにその直後に、管制官が突然大きな叫び声を上げた。
 「おい! あれは何だ。何かが動いているぞ!」
 「生物だ! 火星に生物がいるんだ!」
 そして画面には、火星の地面がムクムクと盛り上がり、かなりの大きさの動物が移動していくらしい様子がはっきりと映し出されていく……。
 ここで、このテープは終わっていて、番組のキャスターは視聴者に向かってこう結ぶ。
 「我々スタッフは、取材の結果、米ソ両国の間に秘密の宇宙計画が進行していることを確信しました。そしてそれこそは、ガーシュタイン博士の話していた“第三の選択案”に違いないと考えるのです。今夜、この番組を見た人々の中から、この隠された事実の真相について話してくれる勇気のある人々が出てくることを期待しています。それでは、おやすみなさい」
 以上が事実を報告したものとすれば、いったいケネディ大統領が始めた『アポロ計画』とは何であったのか。米ソの宇宙開発競争は、まったくの茶番劇であったのか。もちろん、極秘の宇宙開発をカモフラージュするためという意味はあったかも知れないが、このような話もある。
 テレビ番組『第三の選択』に、グローディン宇宙飛行士という人物が登場していたが、彼は、月着陸から帰還後、精神不安定になり、酒を浴びるほど飲んで廃人同様になっていた。その彼は、番組スタッフにこう語ったのである。
 「俺たちは月面でまちがったところに降りちまったんだ。俺たちが着陸したとき、もうすでにそこには、俺たちの乗って行った宇宙船よりもはるかに立派な機械と人間が動き回っていたんだ。俺たちは、単なる一般大衆向けのデモンストレーション用に使われたお人形にすぎなかったのさ。連中は、俺たちには何一つ知らさず、ずっと以前から、あそこ(月)へ行って何かをやっていたに違いないんだ」
 彼はこれを喋ったがゆえに、その後、殺されたものと言われている。
 
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