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 丹波哲郎の死者の書
 丹波哲郎・著  中央アート出版
 
 まず、他人を愛せよ…

 霊界、あの世では、客船の一等甲板、二等甲板と同様に、上の階層のものは下に降りて来られるが、下の階層のものは上に行くことができない。だから、たとえばあなたが上の階層にいて、下の階層にいる私に逢いたいなと思ったら、あなたは即刻私の傍に来ることができる。だが、私は絶対に逢いに行くことはできない。上の階層に行っているほど、仲間は多いわけで、従って幸福度も比較級数的に広がっているが、
どの階層に行けるかは、人間界が勝負である。まさに人間界にいる時のようすで決まってしまうのだ。
 そこのところだけは、坊さまの説教と酷似している。
 では、あの世で安楽に暮らすための方法とは何か。
 ひと言で言えば、人の喜ぶことをしてやる、人の喜ばないことをしない、というのが大原則である。この簡単明瞭な、幼稚園の生徒でも判るようなことが、あの世に行ってはたいへん有利なのだ。
 言い換えるならば、他人を愛するということでもある。
 あいつは自分と関係があるから仲良くして、こいつは関係がないからソッポを向くというのではなくて、まず誰もが他人じゃないということを認識しなくてはならない。
 初めての人に会っても、他人じゃないんだ、自分そのものなんだ、ということに気付かないといけない。
 そこのところが難しいところだとも思うし、簡単なところだとも思うし、とにかく摩阿不思議なところであるわけだ。このへんの話は、判るものはすぐピーンと判るし、判らないものは永遠に判らないだろう。

 
あの世で好まれる人間のタイプ

 では、どんなタイプの人間が、あの世において好まれるかを考えてみよう。
 ひと言で言えば、“素”の人間といおうか、子供のような人間、ひとにだまされやすい人間がいちばん好まれるのである。
 とにかく、複雑といおうか、考え深いといおうか、何か構えたような人間は得なことはない。素直な人間がいちばんいいのである。
 それに、小学校出の方が中学校出より、中学校出の方が高校出より、高校出の方が大学出よりも、あの世においては有利なのである。
 船ばかりは新しいのがいいのと同じ理屈である。つまり、古い船になればなるほど、余計なもの、たとえば船底にこびりついているカキやらフジツボやらの量も多いわけだ。
 もうひとつ、地位、財産を持っているものは、“あの世”ではたいへん不利である。
 というのも、“精霊界”から“霊界”へ渡るチャンスというのは、“素”の状態が完成されてはじめて訪れてくるわけだ。
 ところが、金を持っている人間や地位を持っている人間は、「自分の金が正当に使われているだろうか」とか、「自分の書いた遺書どおりに遺産が相続人に渡っているだろうか」とか、「自分は人間界に居たときには、これこれの地位があったのだけれど、それなりの待遇をしてくれるだろうか」とか、いろいろと心配しなければならないことが多過ぎるのである。当然、“素”の状態にはなれないわけである。だから、あの世ではとことん困ることになる。
 だいたい、“三途の川”というのは、自分の地位、名誉、財産‥‥そういった今生のしがらみ、アクをすべて放り込むためのものであり、そうしなさいということを説明するための表現なのである。
 だから、地位、財産というのは、あればあるほど不利なのだが、そのことをいくら人間界で叫んでも駄目だ、まず理解されない。言うだけ野暮ということにもなってしまう。
 
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