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 魂の記憶
 喰代栄一・著 日本教文社
 
 シュワルツの仮説

 「シュワルツの仮説」を紹介しよう。

 「私たちの住むこの世界は様々なシステムにより構成されており、それらすべてのシステムは、なんらかの情報を発したり受け取ったりしている。その情報のやり取りのなかで、システムに記憶が残る」

 これがこの仮説のキーポイントだ。この考え方を核に、世の中で起こる現象を観察していると、確かにこの世界はそうなっていると思えることばかりである。
 そしてこの仮説提唱者のゲリー・シュワルツとリンダ・ルセックは、この考え方を発展させて、私たちに驚くべき世界像を見せてくれる。たとえば、この宇宙は素粒子などのミクロの世界から、星や銀河といったマクロの世界にいたるまでそれぞれがシステムであり、その様々なシステムの階層において「情報エネルギー」が常に、そして永遠にやり取りされる。そしてそこに記憶が残る。そういう世界が私たちの宇宙なのだ、と……。

 
「自然菜食」もいいものだ

 同じようなことが、私たちの食物についてもいえるのかもしれない。
 自然食の実践者が最近増えてきており、肉食を嫌い、菜食を貫いている人たちもいる。そんな彼らの食生活も、「シュワルツ仮説」の観点から考えると妥当といえることになる。自然食にはその食物の生命力が宿っていると考えられるので、自然食を食べるということは、自然の生命力を自分の身体に取り入れることになるからだ。
 また肉食がどうしていけないかというと、多くの場合、その動物たちのストレスの多い飼育環境の記憶や屠殺される前の恐れの感情が肉のなかに蓄積されていると考えられるからである。その肉がほ乳類などの高等動物のものであればあるほど、その記憶は好ましくないものに違いない。高等動物ほど心が発達しており、その心はストレスを敏感に感じるからだ。モーツァルトなどの音楽を聴かせ、飼育環境のストレスをなくすようにして育てた牛からとった牛乳や肉が美味しいということを聞くが、これもうなずけることである。そのようにして育てられた牛からとれる牛乳や肉には、好ましくない心の記憶が蓄積されていないと考えられるからである。
 地上の生物は植物も動物も自らの身体を構成する物質を絶えず交換している。私たち人間の身体は60兆個を超える数の細胞で構成されているが、そのなかの物質は7年もするとすべて入れ替わるといわれている。入れ替わる物質は、大半は食物から取り入れられたものだ。しかし、それらの物質がすべてなんらかの記憶を宿したものであるとしたら、いったいどういうことになるのだろう。
 シュワルツは、私たちが現在健康であっても、過去に病気や怪我をした記憶が細胞やそれを構成する物質に蓄積されているはずだという。では、私たちの食物に含まれる物質には、どのような記憶が含まれているのだろう。それは人類の歴史、いや地球全体の営みの記憶といってもいいのではないだろうか。それは農耕、狩猟、戦争、事故、病気、災害とそれらに対して私たちがいだいてきた平和、幸福、恐れ、不安、悲しみ、喜び、等々の心の活動の記憶であろう。だとすれば、私たちの日頃の行為やあり方をよりよいものにしなければならないと、あらためて考えさせられることである。
 
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