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 無境界
 ケン・ウイルバー・著 吉福伸逸・訳
平河出版社
 
 
 集合的無意識

 ユングは人間の自覚の超個的領域の有意義な諸側面を、発見、探求した最初の著名なヨーロッパ人心理学者であった。いったいユングは何に出くわしたのであろうか? 人間の魂の深淵にユングが見出した超個的領域をまちがいなく指し示すものとは何だったのだろうか? 一人の人間の内にあり、当人を超えるものとは何であろうか?
 まず最初にユングは、世界の神話の研究に膨大な時間を費やした――中国、エジプト、アメリカ原住民、ギリシャ、ローマ、アフリカの神々、インドの男神と女神、そして悪魔、諸人格神、トーテム、アニミズム、古代のシンボル、イメージ、神話のモチーフ。
 ユングを驚かせたのは、これらの原始的神話上のイメージが、現代のヨーロッパの文明人の夢や空想のなかにまちがいなく定期的に現れたという事実である。その大半が、それらの神話にまったくふれたことのない人たちであった(少なくとも夢の中で展開された驚くほど正確な神話の知識はもっていなかった)。この情報は、彼らの人生のあいだで獲得されたものではなかった。
 そこでユングは、これらの基本的神話のモチーフは何らかの形で人類の全メンバーが受け継いでいる生得の構造にちがいないと考えた。このように、これらの古代的イメージ、ユングのいう「元型」は、全人類に共通しているものである。一人の個人に属するものではなく、超個人的、集合的、超越的なものである。
 ユングによって報告された厳密きわまりない大量のデータを念入りに調べると、この仮説ももっともに思えてくる。たとえば、個々の人間が心臓を1つ、腎臓を2つ、手の指を10本、手足を4つもっているように、個々の人の脳に他の正常な人の脳に含まれているものと本質的には同一の普遍的象徴的形態が含まれていてもおかしくはない。人間の脳自体は数百万年の時を経たものであり、人間の手が物質的対象をつかむために発達してきたのと同様に、膨大な時間にわたってリアリティを知覚、把握する特定の基本的(ここでは「神話的」という意味)形を進化させてきたと考えられる。
 これらのリアリティを把握する基本的な想像的、神話的方法が「元型」である。そして、あらゆる人の基本的脳の構造は類似しているところから、誰もが同じ基本的な神話的元型をもちあわせていると考えられるのである。人類という共通のメンバーシップからして、これらはあらゆる人々に共通したものである。
 そこで、ユングはこの魂の深層を「集合的無意識」と命名した。言葉を換えれば、それは個的なものでも人格的なものでもなく、超個人的、超個的、超越的なものである。この神話的超越はあらゆる人の存在の奥底に埋めこまれており、この強力な層を無視すると後悔すべき結果を招くことになる。
 無意識の一部には個人的記憶、個人的願望、考え、体験、潜在性が含まれている。だが、深層領域、自分の内側にある集合的無意識は、厳密に個人的なものを含んでいるわけではない。むしろそこには全人類の集合的なモチーフが貯蔵されている――自分自身の存在の深淵には、世界の古代の神話によって描写されているあらゆる男神と女神、神々と悪魔、英雄と悪漢が凝縮された形態で含まれているのだ。ユングによれば、われわれが感知するしないにかかわらず、それらは生きつづけ、創造的、破壊的な形でわれわれを深くつき動かしつづけるのである。
 
 
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