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 スピリチュアルな生き方原典
脇長生・講述 桑原啓善・筆録
でくのぼう出版
 
 人との調和は「我(が)」のない心から

 人と対してこれと争い、これを恨む。これでは調和はない。調和がなければ何事もうまくいかない。調和を得るため、意志の力で相手を変えようとしても変えられるものではない。これは我の働き、自惚れ心であって、自分を強く押し出せば出すほど、相手もそれに応じて反抗し、調和はますますこわれる。
 「相手が」という気持ちがある間はいけない。我の強い人は相手のことを批判し、向上心の強い人は自己を反省する。相手の言う事がシャクに障る、相手の言葉が間違っているかもしれないが、その心その言が自分にもないか。必ずある。とかく人間は自分の事は自分に判らぬもの。その心で相手から学ぼうとせよ。いま相手から教えられているのだと思う感謝の心、これが調和の初めである。

 たち向う人の心は鏡なり  己が姿をうつしてやみん (黒住宗忠)

 感謝の心が生まれる時、ゆとりが生じる。その心で人に接する時、相手も初めとは違った気持ちになって、話し合ってみようという円満な空気が生じる。こちらの心が相手に伝わって相手を変えたのである。

 
自分から出たものが自分に返る

 何事も自己完成から始めよ。自分を真に立派な人間にしようという心がある時、「相手が」ということはない。自己への目覚め、それは相手を師として感謝する心である。仏教では「相手に合掌」と言う。それは相手を仏として拝む心である。日本の古神道では、これを「和」の原理として説明する。
 悪人を見て悪人と思うのは、自分に悪心があるから。悪いと思う心が相手にうつって、相手がますます反抗心を増し、事態は悪くなる。調和を破っているのは自分の心に外ならぬ。みずからの心に向かって反省せよ。この念は相手にも伝わるから、相手も悪かったと悔悟の念がでてくる。調和を生むのは自分の心、自省心、向上心即感謝の心である。
 自己が完成したら、その波長は周囲に伝わる。もはや争うような人はやって来ない。かりにやって来ても、考えや言うことが違ってくる。これ波長の法則である。
 もし皆さんに、困ったこと思い通りにいかぬ事があるとすれば、自分に欠陥があるからだと思わねばならぬ。自分から出たものが自分に返る。商売も結婚も家庭問題も、人生百般この原理に基づく。

 
相手を拝む心

 無心の心の持ち主となれ。茶の心とはこれである。無心に点ずる茶は、招いた人の心と和する。調和とは無心の心。無心とは我(が)のない心、人のことを悪く言わず、自分をよく見せようとしない心である。それは自分よりも相手のためになろうとする奉仕の心、たとえ相手が泥棒であっても、その人のために祈る心、下着まで脱いで与えた良寛の心、この心は必ず相手に通じ、泥棒は翌朝謝りに来たのである。
 故に調和とは、相手を尊敬する心、奉仕する心、無私の心、どん底からの慈愛心は、相手を師とし仏として拝む心から。それは向上心に立った強い自省の心から生まれてくる。
 何も怖れる必要はない。誰も憎む必要はない。誰もこれを避ける必要はない。来る人はすべて目に見えぬ糸でつながれた縁ある人々である。だからこれに奉仕せよ。感謝の心だけで胸襟を開いて交われ、世は相見互いの気持ちで、相手のことだけを考えて奉仕に徹せよ。
 
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