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 運命をたのしむ
幸福の鍵478
曽野綾子・著 海竜社
 
 苦しみも一つの恵みである

 苦しみも又、一つの恵みだ、という言葉は真実なのだが、これほど口にできにくいものもない。他人が苦しんでいる時に、はたでこう言ったら、これほど同情のないものはないし、自分が苦しんでいる側で、他人にそう言われたら腹が立つに決まっている。
 それにも拘らず、それが真実であることが私には辛い。承認したくはないのだが、少なくとも、楽よりも苦が、平凡な人間を考え深くするという現実は、恐らく信仰のあるなしに拘らず認めざるを得ないであろう。非凡な人は、楽な時にも、常に暗い極限を見得るであろう。
 (私を変えた聖書の言葉)

 絶望が人間に神を発見させ、全く違った生き方を与えた例はいくらでもある。
 (心に迫るパウロの言葉)

 何がどうあろうとも、私たちの望まぬ試練が、私たちを強めるということは真実なのである。貧困、病気、戦争、飢え、裏切り、死別、精神的迫害、これらのものは、聖書にすべて登録済みであり、その願わしくない面と共に、それらの願わしくない面が試練として人間を強める場面も描いている。
 もちろん、人々と弱い自分自身のために、私たちは、豊かさ、健康、平和、日々の食料、誠実、家族皆の長命、自由をこそ願い、そのために自然と努力をする。しかし、だからと言って、願わしくないもののほうがどちらかというと人間を強めるというのは嘘だ、などと言ってもいけないのである。実に信仰というものは人間を複雑にするが、それだけ、信仰を持たぬ人より、重い葛藤や魂の課題をも与えられるのである。
 (心に迫るパウロの言葉)

 実は、逆境は、反面教師以上のすばらしいものである。しかし逆境を作為的に作るわけにはいかない。だから多少の不便や不遇が自然に発生した時に、私たちはそれを好機と思い、運命が与えてくれた贈り物と感謝し、むしろ最大限に利用することを考えるべきなのである。
 (二十二世紀への手紙)

 人間は避けられなかった衝撃に遭うと、そのまま身と心をかがめて――丸めて、と言ったほうがいいかもしれないが――ひたすらそれに耐える。心の傷の治療には、麻薬はあっても薬はない。自然の治癒力を待つほかないのである。
 (天上の青)

 どんな悲しみの中でも、私たちには必ず喜びが用意されています。一時的にそれが見えなくなっている人もいますが、それでも神は用意されています。或いはこう言ったほうがいいかもしれません。悲しみの中でこそ、私たちは喜びが残されていることを敏感に感じられるのです。
 (聖書の中の友情論)

 私たちは人生の不幸な状態にある人を、放置していいということではない。しかし、皮肉なことに、私たちは不幸にならなければ、人間が本来希求すべきものも望まない、という特性を持っているのである。
 (心に迫るパウロの言葉)

 人間は希望に到達できそうだと思う時と同時に、何かを手に入れられない、と断念する時にも同じように人間になるのです。
 (近ごろ好きな言葉)
 
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