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 超人ピタゴラスの音楽魔術
斉藤啓一・著 学研
 
 音楽は魂を調律し、覚醒させる!

 音楽には、人の心を操るような、非常に強い力が宿っている。それはしばしば人格さえも変えてしまう力である。しかしこのことは、もし使い方を誤るなら、とんでもないことにもなるということだ。たとえば、ヒトラーが軍隊や民衆を扇動するために、ワーグナーの序曲を用いていたことは周知のとおりだ。ヒトラーはオカルトの研究家でもあり、音楽や色彩がいかに人の心を操るかをよく把握していたのだ。もしもワーグナーの音楽の力がなかったら、ヒトラーの野望もあそこまで拡大しなかったかもしれない。
 ピタゴラスの影響を受けたプラトンなどは、こうした音楽の力に早くから気づいており、理想国家の建設にとって、音楽は厳重に統制されねばならないと語っていた。「音楽が誤って扱われると、知らぬ間に人々の心に忍び込み、ついには国家を滅ぼすことになるだろう」と、彼は強く警告している。
 このように考えてくると、音楽はある種の“催眠術”であるといえそうだ。ヒトラーはワーグナーの音楽で大衆を催眠術にかけたのだ。その暗示効果は、1〜2回聴いてもすぐに現れるが、何回も繰り返し聴くことで、性格や運命を支配するほど深くて永続的なものとなるのだろう。
 こうした音楽の特性について、ピタゴラスも「音楽は魂を調律する」と言っている。いったいどういう意味だろうか。
 調律とは、狂った楽器の音程を本来の状態に戻すことだ。だから「魂の調律」とは、魂を本来の状態に戻すことである。つまりピタゴラスは、「音楽は魂を本来の姿に戻す」と言っているわけだ。
 ピタゴラス教団の目的は“肉体という牢獄”から解放されることであった。ピタゴラスは「人間の本当の姿は、永遠の至福と自由に満ちた“魂”である」と考えたのである。魂は調和であり、魂の故郷である霊的世界も調和そのものであると。
 ところが、肉体という牢獄に閉じ込められてしまった魂は、その事実を忘れ、輪廻転生を繰り返し、地上の苦悩を味わいつづけているというわけだ。それは宮殿で暮らしていた王様が記憶喪失となり、自分自身がだれであるかを忘れ、スラム街でみすぼらしく生活しているのと同じである。われわれは“場違いなところ”にいるのだ。
 そこでピタゴラスは、本当の自分の姿が魂であることに目覚め、肉体から解放されて、故郷である調和の世界へ“帰還”しようと、弟子たちを導いたのである。もちろん、これは単純に自殺してしまえばいいということではなく、魂が自らの調和に目覚めれば、肉体や地上にまつわる出来事に煩わされなくなるという意味である。これがピタゴラスのいう“肉体からの解放”なのだ。
 では、いかにしたら魂の調和を覚醒させられるのか?
 それには「調和を本性とするものに接すればいい」というのがピタゴラスの考えだ。すなわちそれが音楽なのである。われわれは稀なことではあるが、非常に美しい音楽を聴いたとき、心が洗われる思いがし、懐かしさに胸が高鳴り、すべての人を愛せるかのような、そんな愛と調和の経験をすることがある。そのときは、死ぬことさえあまり恐ろしいとは思わない。むしろ、愛する人のためなら喜んで死んでもいいという気さえ起きる。求めるものなど何もなく、ただ生きていること自体が喜びとなっている。
 音楽による魂の調律とは、まさにこういうことだ。そしてピタゴラスが求めていたのは、そんな音楽だったのである。
 このように、魂を調律させるような音楽を「調律音楽」と呼ぶことにする。これは、一種の共鳴現象である。同じ振動数を持つ音叉同士が共鳴し合うように、また似たような考えや信条を持つ者同士が共鳴し合うように、魂は調和に接することで共鳴し、それによって自分自身も同じ調和であることに目覚めるのである。これは「共鳴の原則」である。共鳴の原則とは、共鳴し合うもの同士はお互いに似ているということ、そして自分と似たものに接することで、自分自身の本当の姿に目覚めるということだ。
 
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