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 地球交響曲
(ガイアシンフォニー)
ダフニー・シェルドリック(動物保護活動家)
 
 
 エレナは知っている。それでもなお人間を愛している。

 いわゆるテレパシーの能力は、動物たちにとってあたりまえのリアルなコミュニケーションの方法なのですが、とくに象は優れたものを持っています。
 象の場合、そうした本能的な能力のほかに、多くの学習も必要です。人間と同じように、年長者からたくさんのことを教わる必要があるのです。だから年寄りのメスやオスが殺されると、そこで多くの知識が失われ、象の社会に致命的な混乱が起こるのです。年寄りのメスは、いつ乾季がくるのか、そのときにどこへ行けばよいのかということを知っていて、群れを導いています。
 かつてツアボに素晴らしいメスのリーダーがいました。彼女は広大なツアボを隅々まで知り尽くしていて、30年間も群れを安全に導いてきました。その彼女は、実は、まったく目が見えなかったのです。
 長い間動物たちを育ててきて、いちばん強く感じるのは、彼らの持つ素晴らしい能力を開花させるには、どうしても野生に還し、自然の中で危険な目に遭いながら生きてゆく必要がある、ということなのです。

 象は、その大きな体を維持するため、1日300ポンドもの植物を食べます。これは一見、自然を破壊しているように見えますが、実はその正反対なのです。長い目で見ると、彼らは、森を草原に変え草原をまた森に戻すという自然の循環に、大きな役割を果たしているのです。そのため象の消化システムは、わざわざ食べたものの60%をそのまま外に出してしまうという非能率的なものになっています。だから象のお腹に入った種がそのまま100マイルも遠くに運ばれ、そこで森や草原に再生してゆくのです。
 さらに、象は少しでも食べ過ぎたり栄養が足りなかったりすると、たちまち力を失い死んでゆきます。干ばつが続き、自然界に食べ物がなくなったとき、最初に死ぬのは象です。彼らは死を受け入れることを決意すると、自ら食べるのをやめます。食べるのをやめた象は、わずか1日で死んでいきます。
 しかし、その死は、静かで平和な死です。象は自分たちの命を自然の大きな力に任せながら、その中で高度な知恵を働かせているのです。
 こうした象の生き方には、人間に対する重要な教えが含まれている、と私は思います。

 不思議なことですが、象は、象牙が自分たちの社会に大きな悲劇をもたらしていることをよく知っているのです。彼らはつねに交信しています。エレナも必ず、野生の仲間からその情報を得ていたに違いありません。
 エレナは18歳のころ、生まれて初めて仲間の死体を見たとき、その死体から象牙だけを取り外そうとしました。孤児として育った彼女には、一度もその経験がなかったはずなのに、他の骨には触れず、象牙だけを取り外そうとしたのです。エレナは象牙がもたらす悲劇の意味を知っていたのです。
 野生の象たちは、殺された仲間の遺体から象牙だけを取り外し、砕き、遠くの森に運んで隠します。これが、理不尽な死を迎えた仲間に対する最後のはなむけなのです。しかも彼らは、人間と同じように、仲間が亡くなった場所を何度も何度も訪れます。彼らは「死」ということの意味を知っているのです。
 エレナは野生の仲間からすべての情報を得ています。それでもなお、人間を愛してくれているのです。

 地球の未来について私は楽観的です。間に合わなくなる前に、人間は必ず気づくと思います。ひとつの種の絶滅は必ず他の種に大きな影響を与えます。なぜなら、すべての種は鎖のようにお互いに結び合わされているので、そのひとつが切れると全体がバラバラになってしまうのです。地球は、それ自体がひとつの生き物です。すべての種はその体の一部です。だから、ひとつの種の絶滅は、自分の指を切ったり、目を失ったりするのと同じことなのです。もう、そのことに気づくべき時がきています。
 そして、象から学べることは、他の種や仲間と共に平和に生きる生き方と、そういう生き方に対する誇りや英知です。
 人間が自然を打ち負かす、ということはできません。我々が今抱えている問題の答えや解決策は、すべて自然の中にあります。私たちは今、進歩した科学技術を、残された自然を守ることに集中しなければならないと思います。
 
 
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