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 ヒマラヤ聖者の生活探究
第一巻
ベアード・T・スポールディング・著
仲里誠吉・訳 霞ヶ関書房
 
 野火より脱出

 当日は朝の10時に稲妻を伴うひどい嵐がやってきた。大雨になるかと思ったが、結局降らずにすんでくれた。今度通ってきた土地には鬱蒼と茂った森林が多く、地表は厚い乾いた草でビッシリとおおわれている。この辺の土地は他とは違って、雨のない土地柄のようである、と思っているところへ、5、6カ所の草に突然落雷し、火が燃えうつり、アッと思う間もあらばこそ、わたしたちはいつの間にか火事に取り巻かれてしまった。数分もすると、もう火は猛り狂い、急行列車の速さで三方から私たちに迫ってきた。その上、ごうごうたる火炎が下にこもり、わたしたちは全くうろたえ、恐怖のとりことなってしまった。エミール師とジャストはと見ると、冷静に落ち着き払っているので、わたしたちもようやくいくらか安心した。

 のがれる道は二つある。一つは次のクリーク(小川)に行き着くこと。そこには水が流れ注いでいる。約5マイル先の渓谷に着けば、火が燃え果てるまで安全でいられる。もう一つは、もしあなた方がわたしたちを最後まで信頼できるなら、わたしたちと一緒にこの火を切り抜けることです。

 この言葉でたちまち恐怖は消え去った。この二人はどんな緊急な事態においても常に誠実な伴侶であったからである。わたしはいわば完全に彼らの保護に、自分自身を全託して二人の間に進み出た。こうして3人が先頭に立って一緒にどんどん先へ進んで行った。どうやらその方向が一番火の盛んに燃えているところらしかった。
 しかし見よ、わたしたちの前に一大アーチウェイが開かれたかのごとく、わたしたちは煙や熱や足下に散らばる燃え殻に煩わされることなく、火中を真っ直ぐに進んで行った。火災区域は少なくとも6マイルはあったが、まるで燃えさかる火などないかのごとくに平然と歩いて突破し、一条の小川を越えて、ようやくこの平原の火から抜け出たのである。
 この火焔の中を通り抜けながら、エミール師はわたしにこう語った――

 神のより高き法則が真に必要となった時、低い次元の法則で置き換え得ることが、どんなにたやすいことであるか、これでお分かりになったでしょう。わたしたちは今、肉体のヴァイブレーションを火事のヴァイブレーションよりも高めているのです。従って、火事もわたしたちを害することはできません。もし俗眼でわたしたちを見たとしても、わたしたちが消え失せたとしか見えないでしょう。
 しかし実際にはわたしたち自身はいつもと少しも変わっていないのです。わたしたちを見失ったのは肉体の五感だけであって、もし肉体人間が今のわたしたちを見れば、きっとわたしたちが昇天でもしたと思い込むに違いない。事実その通り昇天したのであって、肉体の五官では接触を断たれてしまう意識層に上がったのです。しかし、これはわたしどもだけにしかできないというのではなく、皆にできることです。
 わたしたちは父なる神がわたしたちに使わせるために与えたもうた或る法則を使っているのです。この法則を使って自分の肉体をいかなる空間にでも持っていくことができる。これがわたしたちの現れたり消えたりする、皆さんの言葉でいえば、空間を滅尽する際に使う法則です。困難に遭っても自分の意識をそれ以上に上げて困難をただ超えるだけです。また、この方法で人間が肉体意識で自分自身に課した一切の制約を超越すること、即ちその上に昇ることができます。

 わたしたちの足は歩くというよりは、あたかも地面から離れた上を行く感じであった。川を越えてようやく火事から抜け出た時、まず感じたことは、深い眠りと夢から目覚めた心地であった。これとともに、この体験の本当の意義に次第に目覚め、やがてその意義がわたしの意識に夜明けのように明け始めていった。
 
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