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 人生は本当の自分を探す
スピリチュアルな旅
近藤千雄・著  ハート出版
 
 「心霊治療」に対するシルバーバーチの説明

 
健康とは、肉体と精神と霊が一体となった時の状態です。三者が調和した状態が健康なのです。そのうちの一つでも調和を乱せば、そこに病という結果が生じます。調和を保つには、その三者がそれぞれの機能を果たす必要があります。霊には素晴らしい威力が秘められております。その存在を無視し、あるいはその働きを妨げるようなことをすれば、天罰はてきめんです。
 しかし、痛みや苦しみを取り除いてあげること自体が心霊治療の目的ではありません。あくまでも手段なのです。つまり眠っている魂を目覚めさせ、真の自分を悟らせるための手段にすぎないのです。
 身体の病気が治ることよりも、その治癒体験がキッカケとなって真実の自我に目覚めることになる方が、はるかに大切なのです。
 一方、患者の魂に条件が整っていない時は、心霊治療も功を奏しません。いかにすぐれた治療家でも治せない病気があるのはそのためです。従って、治らないからといって、心霊治療というものを批判するのは的はずれなのです。患者の魂が、まだまだ苦しみによる浄化を十分に受けていないということです。
 むろん、苦難が人生のすべてではありません。ほんの一部にすぎません。が、苦難のない人生もまた考えられません。それが進化の絶対条件だからです。地上は完成された世界ではありません。あなた方の身体も完璧ではありません。しかし、完璧になる可能性を宿しています。人生の目的はその可能性を引き出して、一歩一歩と、魂の親である神に向かって進歩していくことです。
 苦しみには苦しみの意味があります。悲しみには悲しみの意味があります。暗闇があるからこそ光の存在がわかるのと同じです。その苦しみや悲しみを体験することによって真実の自我が目を覚ますのです。


 エドワーズの治病統計で、何の治療効果も見られなかった患者が20パーセント、という数字があったが、以上のシルバーバーチの説明をよく理解していただけば答えがでてくるものと思う。絶対不変の因果律が存在し、それが「苦」という形で顕現している場合、それがそれ相当の存在価値を発揮しきるまでは、いかなる手段をもってしても取り除くことはできないということであるらしい。
 それを従来は「業(ごう)」とか「カルマ」といった用語で表現されてきたが、私の主観的意見をのべさせていただけば、どうもこれらの用語には「罰」という暗い印象がつきまとっている感じがして好きではない。その点、シルバーバーチはこれを
「進化」の促進剤としての苦という捉え方をして、それが何の代償であれ、積極的に受け入れて自分で解消していくという態度を称揚している。
 苦しみ抜いてそれを乗り越えた時に、思いがけなく見渡す新しい心の眺望――その瞬間に味わう、その人だけの魂の奥底から湧き出るよろこび、それを本当の悟りというのではなかろうか。
 
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