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 神の発見
 
桑原啓善・著  土屋書店
 
 「私」はカルマの結晶体

 人間は生まれてから今日までの記録簿だと申しました。ここでマイヤースを思い出してください。小我とは「数世代にわたる記憶の累計」と言ってました。そうです、いくつもの前世の記録のコンピューターが人間なのです。
 人間は生まれ変わるのです。このことについては、マイヤース『永遠の大道』、アラン・カーデック『霊の書』、『シルバー・バーチ霊言』、『ホワイト・イーグル霊言』など、世界で最も有力な霊界通信の多くが承認しています。再生論も、全面的再生論と部分的再生論の2つがありますが、ここでは単に「人間は再生する」ということで話を進めます。
 ということで、人間は何回、何十回、何百回かの再生をしているでしょう。現在のあなたは、そのすべての過去の経験の記録を背負ったコンピューターです。
 ホワイト・イーグルの言葉を引用しますと、「現在のあなたの肉体を作ったのはあなた自身です」ということなります。ホワイト・イーグルの言葉をさらに引用します。
 「人間とは、日ごと夜ごと、自己を刻む者。1日に自己に印を付けぬ日はなし」
 「地上生活中に、みなさんは自分の諸媒体を作りつつある」
 「皆さんは、再生したときに地上で表現するあなたを、諸媒体を、いま作りつつある」
 「来世のあなたを作っているのは現在のあなた。現在のあなたの肉体を創ったのはあなた自身である」
 あなたの肉体も幽体も霊体も本体も、みんな前世のあなたが作ったものです。どうしてそういうことになるのでしょうか。人間は死ぬとあの世に行きます。そのときは肉体を脱いだだけで、幽体・霊体・本体は着けたままです。
 ホワイト・イーグルはこれを次のように説明します。
 「このとき、本体の中に3粒の大切な種子がしまわれる。これを我らは不滅の種原子と呼ぶ。この種原子こそ、再生したときに入る媒体を作るための準備なのである」と。
 死ぬと、生前の肉体・幽体・霊体の経験を、ひと粒ずつのエキスとした原子が本体のなかに内蔵されるのです。そしてこれが再生するとき、新しい肉体・幽体・霊体の種子となるのです。ですから、新生児の3つの媒体は、前世の経験のすべてを背負った形で生まれてくるのです。
 現在の我々の媒体は、過去の幾多の人生を1つに集めたカルマ(業)の結晶体なのです。この3粒の種原子が本体の中に内蔵されるのは、本体は作り変えられることのない霊の皮膚だからです。肉体・幽体・霊体の3つは、再生のたびに取り替えられる、霊の着物です。

 
霊は、再生するとき、次の人生の運命のだいたいのコースを選択します。それは自分にいちばん欠けている試練を学習するためにです。たとえば、次の人生で病身となることで何かを学びたいとか、武術を通じて自分を鍛えてみたいとか。
 そして、自分に相応しい両親を選び、それに相応しい遺伝子を両親の中から選び取ります。ですから、肉体の材料はもらっても、その原型は本人そのものです。これがホワイト・イーグルの言う「肉体は自分が作った」という意味です。
 以上の内容で、人間がどんなに複雑な生き物か想像できましたか。
「私」がいまここにあるのは、偶然に両親から生まれたからではないのです。カルマの殻を背負って、何世代もかけて生き続けている何者かなのです。
 さてさて、神は何のためにこんなことをなさったのでしょうか。人間に精巧無比の記憶コンピューターを背負わせて、死んでも死んでも生き返らせて、そのたびに前世のカルマのツケを背中のコンピューターに加えていかれるのです。何のためでしょうか。
 もう一度、ホワイト・イーグルの言葉で回答としましょう。「
過去のカルマは病気の形で現れることもあるし、また、生活の境遇の形で現れることもある」と。
 病気とか、貧窮とか、争いとか、事故とか、人間の不幸災厄の源にカルマがあるのです。では、カルマ(業)とは何でしょうか。それは人間の不心得、つまり悪い感情とか欲望とかです。つまり、幽体の汚れ、染みです。これが人生百般、一切災厄不幸の原因なのです。
 
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