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 治癒力創造
 
篠原佳年・著  主婦の友社
 
  人の誕生もまた自然治癒力の表れ

 自然治癒力の考え方をさらに突き進めていくと、人が生まれてくるのも自然治癒力の一つの表れであり、死んでいくこともまた自然治癒力の一つの表れであるということに行き着きます。
 花が咲いて散るまでは、一つのシステムによって流れています。でも、みなさんは花が咲いているときが最高のときで、散っていくのは寂しいことだと思っているでしょう。だから、多くの人はガンにかかったりして死を宣告されると、「私は散りたくない」と思います。しかし、散りたくないと思うこと自体、散るのを早めていることになります。
 植物が花を咲かせるのは、ライフコースという一定の周期の中で起こる現象です。種をまいて水を毎日あげていれば、春になるとかならず芽を出し花を咲かせ、ある期間が過ぎれば花が散り、枯れていきます。花を咲かせるのにもエネルギーが必要ですし、花を散らせて枯らせていくのにもエネルギーが必要です。勘違いしてはいけないのは、エネルギーがなくなったから散るわけではなくて、花を咲かせたものと同じエネルギーが単に姿を変えているだけなのです。
 その本質に気がつかずに、花が咲いたときが最高だと思っている人は、自分が人生の何かに成功しないと満足していられないし、健康にならなければいけないし、お金を儲けなければならない、いい家に住まなければならない、自分だけ特別にならなければならない、……と思っている人です。
 多くの人は、自分の身体が永遠に若く、きれいで、かつ健康でありたいと思っているのですが、そのように思うこと自体が自然の法則に逆行していることです。
 また、そのような考えをすること自体がストレスを生み、自分を歪めています。花が咲いては散り、人が生まれては老いていく。すべてのものが形を変えるように、世の中には、何一つとして変化しないものはありません。すべてがかならず移り変わっていきます。
 花は病気になったから散るのではありません。人間はなぜ病気で死ぬのでしょう。病気にならなくても、天寿を全うして、いつかは人間は死ぬのです。いつかは壊れていくのです。身体が壊れることもまた自然治癒力そのものなのです。年をとって頭が禿げること、つまり老化も自然治癒力の一つの表れなのです。
 大切に育てている木に咲いた花がいつもより数が少なかったり、ひ弱な感じがしたとき、あなたは「ああ、今年は日照りが続いたから、水が足りなくてこうなったんだな」などと考えるでしょう。また、ペットの犬や猫が病気になったりしたら、どうしてそうなったのか原因を追求するでしょう。
 花やペットに関することはいろいろと分析して何が原因かを見つけようとしますが、自分のことに関しては何も分からない、というか分かろうとしません。
 最近は宗教ではない精神世界に興味のある人が増えてきたせいか、病気になるのは意識が原因だから「心で思ったら、どんな病気の人でも治るのだ」と、その世界のことだけで話を結論づけますが、それはそれで話はなんとなく分かったような気持ちになります。
 しかし、それだけでは充分ではありません。花だったらやはり日照りが続いて、何カ月も何年も水が足りなかったり栄養になるものがなければ、いつまでたっても花は咲かないかもしれません。犬や猫、小鳥などのペットだったら、飼い主の愛情や躾が問題かもしれません。
 人間の身体も、自然の中で生きているのですから、同じように環境からも大きな制限を受けています。精神的なことだけではなくて、物理的なところでも影響を受けています。だから、それを踏まえたうえで、「目に見えないもの」と「目に見えるもの」とを一緒にしなければならないのです。
 今までは、目に見えるものの世界のことだけに偏っていましたが、最近になって急に目に見えないものだけに偏って物事を考えようとする傾向が強くなり始めました。これでは、白か黒のどちらかだという両極端の考え方になってしまい、結局は目に見えるものだけで行なってきたことと同じ結果になってしまいます。
 そうではなく、見えているものも見えないものも、すべてのものを一緒にして考え生活していけば、視野はもっと大きく広がります。自分がかかわるすべてのものを大きな視野でとらえられることになります。そうすることによって、人間というものがもっと深い意味を持った存在だということに気がつくはずです。
 
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