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 日本に忍び入るユダヤ
 
牛山火壱・著  第一企画出版
 
 バブル崩壊は第2次日米戦の敗北である

 今述べたように、アメリカ・ユダヤの占領政策の本心は日本を永久的に立ち上がれない国にし、米国すなわち世界支配中枢の軛(くびき)に繋ぐことであった。ところが現実に起こったことは、日本の経済的復興と国民の社会的成熟であった。
 ユダヤの政策は世界の一元的支配であり、その前提として世界経済を完全に自由化し、その経済及び金融を媒介として世界に支配力を伸ばすというのがそのプログラムである。したがって、彼らは世界貿易の自由化、金融の自由化をあくまで追求せざるを得ない宿命を持っている。
 ところが、これは逆に日本のような強健な社会を持ち、すぐれた資質を持つ国民が、その経済的な力を世界に伸ばす乗物として使われるという一面を避けがたく持っている。それが完全に開花したのが、いわゆる日本の高度成長期であり、日本の経済力が世界に拡散した時代であった。いわばユダヤからすれば逆効果となって彼らに襲いかかってきたわけである。
 これに対して彼らは手をこまぬいて見ていたわけではない。まず彼らは日本の輸出品の仲介者として、日本の商品の世界貿易から商人としてマージンをせしめ、遂には日本資本をみずからの銀行組織に組み入れてコントロールすることをやり、さらにまた世界の石油を独占して、石油代金として日本から巨額の金を彼らの懐に流入させた。
 しかし、これは彼らの工作の一面であって、他面にはこの日本との緊密な経済関係の中の金融関係を通じて、日本国内に着々と橋頭堡を築いていった。あるいは政府・官僚のパイプを通じ、日本の政府、産業界のエスタブリッシュメントに深く影響を及ぼすパイプをつくり上げた。
 大蔵省、通産省あたりの主要官僚、大銀行の首脳者、大企業の経営者等には、表面上全くわからないように深く彼らのエージェントが染み込んだといってよい。これはいつの日か日本を内部から再占領する工作であった。既に日米戦争において、軍事的には完全に権力を握ったのであるが、軍事力が世界を動かすパワーとして消滅したあとでは、また思想的パワーとしての共産主義が力を失ったあとでは、ますます政治的、金融的パワーを使うべく着々と準備を整えてきたといってよい。
 これが端的にあらわれたのが、1989年から90年を頂点とするバブルの形成とその崩壊である。バブルは、まずアメリカ国内でレーガノミックスを演出することから始まった。そして、日本固有の精神を持った政治家であるが金権に深く汚染された田中角栄を、金権暴露で葬り、曲折はあったがその後釜として彼らの思想に忠実な中曽根康弘を首相にすることに成功した。中曽根は彼らの設計図に従って、いわれるとおりに市場開放、外国勢力の国内における自由行動、大幅な規制緩和などを実行し、バブル造成の準備作業を完成した。
 一方彼らは日本の金融市場や、大蔵省及び自民党、財界首脳の中に、直接に息のかかった連中の網をつくり上げ、彼らに金融緩和などを異口同音に唱えさせ、現実に巨額な資金を低金利のもとに市中に散布した。これは1920年代にアメリカで行なった、いわゆる「狂熱の20年代」演出の手口と全く同様である。つまりバブルの演出の命令である。そして当然これは破裂させるべく行なわれたものであった。
 はたして90年代に入って、それまで高騰を続けてきた株価は暴落に転じ、同様に暴騰していた地価、そして絵画、ゴルフ会員権のたぐいに至るまで暴落した。もとより彼らとしてみれば、これらの暴落はそうなるべく計画した事態であり、この間彼らは東京株式市場で巨額の利益を手中にしたわけである。しかし、彼らの真の目的はそんな金銭的な問題にあるのではない。
彼らの一貫して抱いている計画は「民衆と社会の腐敗」である。
 バブルの後先の日本人の精神をよく観察してみると、いかに国民が精神的に駄目になったかがよくわかるのだ。これこそが、彼らがバブルを起こし、崩壊させた本当の目的なのである。もし日本人が精良な精神を失わないならば、そう時間を経ずに回復することは可能である。しかし、いったん精神が傷つけられたならば、その回復は極めて難しいということを、彼らは知っている。
 戦後手を変え品を変え、日本人の堕落を図ってきて、日本社会の混乱を工作してきた彼らも、ほとんど目的を達することはできなかった。ところが、このバブルの造成と崩壊によって、日本人の心の破壊はやすやすと達せられたように見える。
 かくて彼らの計略は成功したということができるだろう。つまり現代は経済の時代であり、半世紀前の軍事力の時代に日本を終局的に原爆で打ち破ったと同様に、それから50年たって、日本はバブルという経済原爆によって再び敗戦の巷に落とされたといってよい。
 
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