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親切の”伝言ゲーム”

京都府綾部市 梅原二郎 (76歳)
  
  私が山歩きの服装で、奈良行き電車に乗った時、車内はすでに、小学生の遠足で満員でした。
  引率の女先生は向こうの隅に立っておられたが、私が何げなく見ていると、その先生が隣の生徒に何か耳打ちされた。するとその生徒はまたすぐ隣りの生徒に耳打ちした。同じように次々とその耳打ちは中継されてこちらに近づいて来て、ちょうど私の立っている前の生徒の所に来て止まった。
  その最後に受けた生徒は、突然席を立って、私の顔を見上げ、「おじいさん、どうぞ」とニッコリ笑って私に席をゆずってくれました。
  ボンヤリしていた私はハッと我にかえり、ああ、あの耳打ちは「年寄りに席をゆずってあげなさい」と言う意味の信号であったのかと初めて気づいて、瞬間言葉も出ないほどの感激をおぼえました。
  「ありがとう、ありがとう」
 
『涙が出るほどいい話』(河出書房新社・刊)より