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いつまでも宝物

中村 克
 
株式会社オリエンタルランド 
 元スーパーバイザー 
  
  ある日、インフォメーションにひとりの男性が暗い顔でやってきました。
「あの‥‥落とし物をしてしまって」
「どういったものでしょうか?」
「サイン帳です。子どもがミッキーやミニーちゃんのサインが欲しいって、園内のいろんなところを回って書いてもらったものです。あと少しでキャラクター全員のサインがそろうところだったんですが‥‥」
 インフォメーションにサイン帳は届いていませんでした。心当たりの場所にもかたっぱしから電話をかけてみましたが、どこも届いていないという返事でした。
「ご滞在はいつまででしょうか?」
「2泊3日のツアーに参加しているので、2日後のお昼には帰ることになっています」
「では、このあともう少し探してみますので、お帰りの前にもう一度こちらにお立ち寄りくださいますか? それまでには見つけられると思いますので」
 そのキャストはサイン帳の特徴を詳しく聞き、男性を送り出しました。

 男性が帰ったあと、さらにいくつかの小さいセクションに電話をしました。サイン帳のことを伝え、さらにほかのキャストにも声をかけてもらって、大勢でパーク内をいっせいに探して回りました。
 ところがどうしても見つからなかった。キャラクターのサインがあるサイン帳だから、誰かがそれを拾ったとき、うれしくて持って帰ってしまったのかもしれません。

 2日後、この間の男性がインフォメーションに現れました。
「どうでしたか?」
 たぶん見つからなかっただろう、という口ぶりでした。
 キャストは残念そうに答えました。
「大変申し訳ございません。全力で探したのですが、サイン帳を見つけることはできませんでした。しかしお客様‥‥」
 1冊のノートが差し出されました。
「どうぞかわりにこちらのサイン帳をお持ち帰りください」
 渡されたノートを開いてみると、そこにはなんとキャラクターのサインが書かれていました。しかもキャラクター全員分のサインがちゃんとそろっていたのです。
 キャストは落としたサイン帳と同じものを店で見つけてきて、いろんなエリアを歩き回り、キャラクターたちにサインを書いてもらったと説明しました。
 男性は顔をくしゃくしゃにして喜び、何度も何度もお礼を言って帰りました。

 この話はこれで終わりではありません。
 後日、一通の手紙が届きました。

 
先日はサイン帳の件、本当にありがとうございました。
 じつは連れてきていた息子は脳腫瘍をわずらっていて、いつ大事に至るかわからないような状態だったのです。
 息子は物心ついたときから、ディズニーのことが大好きでした。
「パパ、いつか絶対ディズニーランドに連れてってね」
 と毎日のように言っていました。
 私は、そうだね、行こうねと答えながら、でももしかしたら約束を果たせないかもしれないと不安に思っていました。
 命は、あと数日で終わってしまうかもしれない。だから、せめていまのうちに喜ばせてあげたいと思い、無理を承知でディズニーランドへ連れて行きました。
 その息子が、ずっと夢にまで見ていた大切なサイン帳を落としてしまったのです。息子の落ち込みようは見ていて苦しくなるほどでした。
 しかし、あなたが用意してくださったサイン帳を渡したときの息子の顔が忘れられません。「あったんだね! パパありがとね!」と本当に幸せそうな顔でした。
 ほんの数日前、息子はこの世を去りました。
 ずっとサイン帳をながめていました。
「ディズニーランド楽しかったね。また行こうね」と言い続けていました。
 眠りにつくときも、サイン帳を抱えたままでした。
 もしあなたがあのとき、サイン帳を用意してくださらなかったら、息子はあんなにも安らかな眠りにはつけなかったと思います。
 息子はディズニーランドの星になったと思います。
 あなたのおかげです。本当にありがとうございました。


 手紙を読んだキャストは、その場で泣き崩れました。
 
最後のパレード』 (中村克・著/サンクチュアリ出版) より
 本の副題は「ディズニーランドで本当にあった心温まる話」