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娘のいないテーブル

中村 克
 
株式会社オリエンタルランド 
 元スーパーバイザー 
  
  私は娘を病気で失いました。
  当時5歳、もしも幼稚園に入れていたら年中さんです。ひらがなとカタカナが読めるようになり、いろんなことに興味を持ちはじめたころ、突然病気にかかりで原因がわからず、治す手だても見つからないまま他界してしまいました。
  娘の死は、私たち夫婦をたいへん苦しめました。
  とくに妻は精神が不安定になり、私と少しでも意見がかみ合わないといきなり大声で泣き叫んだり、食器を投げつけたりするようになりました。
  私ももちろん娘を失って深く傷ついていました。でも、妻の苦しみを理解していたつもりなので、彼女のヒステリーはいつも黙って見過ごしていました。妻は私が仕事で家を空けている聞もずっと娘と一緒でしたし、娘が病気になり入院してからもずっとそばに付き添っていたのです。私は残業を理由に、病院へ行かないこともしょっちゅうでした。
  ずっと妻に対して悪いなとは思っていました。でもいずれ娘が退院できたとき、どこかへ遊びに連れていけば埋め合わせができるだろう、と気楽に考えていました。
  そして仕事先で娘の訃報を間いた瞬間、私は自分の大きなあやまちに気がつきました。なんというかけがえのない時間を見過ごしてしまったのだろう。もっと長く、1分でも長く、娘と一緒に過ごしていればよかった。たとえ死を避けられなかったとしても、最期を看取るまでずっとそばにいてあげたかった。本当に後悔しました。
  子どもに先立たれた夫婦のこころには、先行きの見えない真っ暗な穴が、どこまでも大きく広がっていくと言います。実際、そのとおりだと思いました。ときどき、うちの子はやかましい、言うことを聞かなくて憎らしい、と感じることがあったとしても、その子が最初から「いない」という日常を仮定してみると、その先のことはもうなんにも考えられません。我が子を失うという事態は親にとって、自分たちのこととしてまったく理解できないのです。

  喪失感に耐えきれなかった私たち夫婦は、ただ毎日けんかを繰り返すしかありませんでした。私もいけないとは思いつつ、ときどき言い返してしまうことがありました。状況はどんどん悪くなっていきました。そんな風にして私たちは精神的にも、肉体的にも疲れ果てていきました。
  ある日、妻と近所を歩いていたときのことです。彼女は言いました。
「ただあの子が元気なだけで幸せだったのに。突然いなくなっちやうなんてつらすぎるよね。私たち、これからいったいなにをすればいいんだろう。いままでなんのために一緒に暮らしてきたんだろう。よくわからなくなった」
  妻は目にいっぱい涙をためて、公園で遊ぶ子どもたちをながめていました。あとで聞いた話ですが、妻はこのときいつでも娘の後を追えるよう、家に練炭を隠していたそうです。
「ディズニーランドに行ってみようか」
 ある日、私はふとそんなことを思いつきました。そして少し迷ったあと、その考えを妻に提案しました。
「なんで、突然」
「いちおう約束だったし」
  生きていれば、その日は娘の誕生日だったのです。本来ならばお祝いをしてあげたはずだし、もしそのとき娘が元気に歩き回れるようだったら、大好きなディズニーランドヘ遊びに行っていたはずだからです。そう約束していました。娘がベッドの上で息を引き取るまで、ずっとミッキーのぬいぐるみを手離そうとしなかったことも強く印象に残っていました。
「いやよ。いい年した夫婦だけで行ってどうするの」
 「いいじやないか」。私は勇気をふりしぼって言いました。
「我が家の最後のイペントなんだから」

  私たちは夫婦二人でディズニーランドに行きました。
  そしてすぐに後悔しました。幸せそうな親子連れとすれ違うたびに、胸がしめつけられる思いをしたからです。ミッキーの帽子をかぶって楽しそうにじゃれ合っている親子。カメラをかまえているお父さん、子どもの手を引くお母さん、大声ではしゃぎまわる子ども。特に同じくらいの年であろう子どもを見るたびに、熱いものがこみ上げてきました。私たちも本当は同じことをしているはずだった。小さな手のあったかさを思い出しました。「お父さん、お母さん」と私たちを呼ぶ声がよみがえりました。もし娘と一緒だったらどのアトラクションに乗っていたんだろう。どんなお菓子を食べながら、どんな話をしながら歩いていたんだろう。園内のどこに目をやっても、娘の笑顔ばかりが頭に浮かびました。
「来なければよかったのかな」
  妻も同じことを考えていたのか、厳しい表情で私を見ました。
「帰りましょうよ。しょうがないのよ。あなたといても悲しくなるだけなのよ」
  私は、その言葉を宣告として受け止めました。
  一緒にいるから娘のことを思い出してしまう。それは私も同じ気特ちでした。この救いようもない泥沼から這い上がるためには? お互い、新しい幸せを見つけるためには? 導き出せる結論はひとつしかありませんでした。
  子どもを亡くした夫婦は、必ず離婚を意識するそうです。お互いに今以上、傷つきたくないと思うからです。またそうすることが亡くした子どもに対する、一番の償いだと考える夫婦もいるようです。
  それぞれに思いを巡らせながらも、私は予約してあったレストランに妻を誘いました。これが夫婦にとって最後の食事になるだろうことは意識していました。
  娘が生きていたらさぞ喜ぶだろう、ミッキーマウスのショーをすぐ近くで見られるレストランです。心の中は亡くなった娘のことでいっぱいでした。なにを食べてもきっと味なんてわからないでしょう。娘を思い出したくない、でも忘れたいとも決して思いません。一緒に過ごした楽しい思い出は、夫婦だけで共有している。楽しかった分だけ悲しい記憶が、これから残酷なまでに長く続いていく。そんな絶望の波が押し寄せるたびに、夫婦の間に重いため息がこぼれました。
「お待ちしておりました。こちらにお席をご用意しております」
  キャストのあとについていくと、店内全体がよく見わたせる広いテーブルに案内されました。空いている椅子は、亡くなった娘の分です。それは私と妻の間にぽつんとありました。
  あいにくその日は非常に混んでいました。それなのに私たちは余分に席をとっています。どう考えてもほかの家族連れに席をゆずるべき状況です。ひとりのキャストが近づいてきて言いました。
「お客さま。大変申し訳ございませんが、ご夫婦さまでしたら、2人掛けのテーブルに移ってはいただけないでしょうか。ご家族連れでお待ちになっているお客さまが大勢いらっしやいますもので……」
  まったく言うとおりでした。ディズニーランドに限らず、レストランを利用する人にとって当然のマナーでしょう。しかし私は申し訳ないと思いながら言いました。
「混んでいるのはわかっているんです。できることなら僕も席をゆずってさしあげたい。でも実は昨年、娘を病気で亡くしていて、今日はその子の6回目の誕生日なんです。本当はこの真ん中の席は、娘が座る予定だった。約束していたんです。だからわがままを言って申し訳ないですが、もう少しだけこのテーブルにいさせていただけないでしょうか」
  真剣な表情で耳を傾けていたキャストは、すこしうつむいたあと「お客さま。それは大変失礼なことを申し上げてしまいました。どうぞそのままゆっくりおくつろぎくださいませ」と言い残し、テーブルから離れていきました。
  しばらくすると食事が運ばれてきました。注文したフレンチのコースは2人分だったのに、なぜかもうひとり分の料理が真ん中の席に置かれます。オレンジジュースも頼んだ覚えがありません。私はあわててキャストを呼び戻しました。
「娘の分は注文してませんよ」
  キャストは笑顔で答えました。
「お子様の分は私たちのサービスです。どうぞお気になさらないでください」
  しばらくすると天井の照明が少し落ちて、「みなさま、食事をお楽しみのところ申し訳ありません」というアナウンスが流れました。
  なんだろうと思い、声がする方を見ると、ろうそくの火がついたケーキを片手に持って、行儀よく立つキャストの姿がありました。
「本日は特別な日です。ここにいらっしゃるお子様の誕生日なのです。どうかみなさま、よろしければご一緒にバースデーソングを歌ってください」
  店内にBGMが流れ出すと、ケーキを持ったキャストがこちらに歩いてきました。
  するとおおぜいのお客さんが一斉にこちらを向いて、手拍子をしながらバースデーソングを歌ってくれました。
  テーブルに置かれたケーキの、ろうそくの火が消えました。どういうわけか自然に消えたのです。
「もう一度盛大な拍手をお願いします」
  私と妻が立ち上がっておじぎをすると、おめでとう、おめでとうという声が上がり、大きな拍手につつまれました。
  そのままショーがはじまりました。そして私たちは奇跡と出会ったのです。
  真ん中の席に娘がいる。誰もいないはずの席で、娘がミッキーのダンスを見ながら笑っているのです。
  ああ。そうだ。そうだ。きみと一緒に見たかったんだよ。私は涙があふれるのもかまわなかった。ただ、娘が手を叩いて喜ぶ姿を見つめました。前よりも少し大きくなった気がしました。うん、大きくなった。はなをすする音が聞こえました。妻も唇を震わせながら娘を見つめていました。

「僕らは間違っていたのかもしれない」
  妻は私の言葉には答えず、ハンカチで目をおさえました。
「別れても、この子が喜ぶはずないじやないか。僕らがこんな状態じゃ、安心して天国にもいけないんだ……。たしかにこの子がいなくなってすごくつらい。それでもきっと、僕らは今よりもっと前に進まなければいけない」
 「ねえお父さん、お母さん」娘は左右にいる私たちを交互に見て、ニコっとほほえみました。
「今日ははありがとうね」

  盛大なショーが終わって、ふたたび店内に明かりがともされます。ゆっくりと静寂が戻ってくると、今まさに起こった出来事が、急に夢のように思われました。
  テーブルの上には、手がつけられていない料理とオレンジジュースだけが残されています。しかし妻は誰もいない席を、まだ愛おしそうな目で見守っていました。
  これは夫婦二人だけが体験した出来事です。証拠はなにもありません。ただ私たちには、この奇跡を疑う理由はありませんでした。
  私たちは寄り添い、まだにぎわいの残るディズニーランドを後にしました。
 
最後のパレード』 (中村克・著/サンクチュアリ出版) より
 本の副題は「ディズニーランドで本当にあった心温まる話」