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家族でかわす「ありがとう」

佐賀県三養基郡 江口 幸輝(11歳)
  
 「もしかして今までずっと、英ちゃんがやってたの?」と、何やらとてもおどろいた母の大きな声が台所の方で聞こえてきたので、ぼくと父は、また弟の英輝がなんかとんでもないことをしでかしたんだと思い、いそいで行ってみると、弟は流し台でもくもくと皿洗いをしていた。
  実を言うと、一週間前から妹の和音(かずね)が入院してしまったので、母は毎日、家の事と和音のお世話とで、いそがしそうに走り回っていた。家で夕食の用意を終えるとすぐ、病院に行って泊まり、朝方早くに帰ってくる。ぼくは、家に残って弟と妹のお世話係をたのまれていたが、一番下の妹、四歳の奏美がとても甘えるので、英輝にも着替えやふとんしきなどを手伝ってもらっていた。でも、まさか皿洗いまでやっているとは思いもしなかった。
  母も毎朝帰ると前日の夕食の汚れた食器がきれいに洗ってあるので、たぶん父かおじいちゃんがやってくれているものと思いこんでいたそうだ。英輝もそんなことは、一言も言わないので、この日までだれも気づかぬ出来事だった。
  母は、何かがいっぺんにこみ上げてきたように、「ありがとう。ありがとう」と何度も何度もくり返し言いながら、涙を流していた。ぼくも弟に一本取られたなあという気持ちと、母の姿に思わず涙がこぼれそうだったけど、目をパチパチとまばたきしてがまんした。父も、「ママは、みんなのがんばりに感動しているんだ。みんないつもお手伝いありがとう。和音が家に帰るまで、全員でがんばろうね」と、ふるえる声で言った。
  ぼくたち家族は、いつも「ありがとう」と言い合う。また、「どういたしまして」の返事も決して忘れない。
  その二日後、妹はとても元気になって退院してきた。
 「和音ちゃん、退院おめでとう」
 「みんなありがとう」とてれくさそうに言う。
  今日は、英ちゃんと和音ちゃんとで、何だかとても楽しそうに皿洗いをしている。英ちゃんが妹をさそってお手伝いをしているようだ。また、弟に一本取られた気分。
  いつも母は、ぼくたちがねる時に、「今日もみんなありがとう。おやすみなさい」と言ってくれる。ぼくたちも母に、「ママもありがとう。おやすみなさい」と四人で声を合わせて言う。
  父も「お店の手伝いありがとう」「きちんとお留守番ありがとう」と言う。
  みんなで交わす「ありがとう」。家族で交わす「ありがとう」。
  この言葉は、日本語の中でも一番すてきな言葉で、たくさんの感しゃがこめられている言葉であると、ぼくは心から思う。
  こんなちっぽけな話だけれど、読んでくれてありがとう。
 
『第13回 NTTふれあいトーク大賞 優秀作品集』(NTT刊)より