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ごほうび

横浜市 鈴木 光子 57歳
  
  毎年8月のお盆が来ると、主人と2人で先祖の墓参りに出掛けた。その主人も昨年、先祖のもとへと旅立ってしまい、今年は一人きりのお墓参りだ。
  墓地は小高い丘のてっぺんにあるため、長い階段を上らなくてはならない。左手に花を、右手にバッグを持ち、エッチラオッチラ上り始める。いくら気が若くても足腰の方は正直で、すぐに息があがってしまう。ハアハアしながら一段一段上る私の後ろから、楽しそうな声が近付いてきた。振り返ると2人の女の子が、お菓子を食べながら軽々と階段を上ってくる。疲れのあまり、私は思わず声をかけた。
「いいねえ、子供は元気で、おばあちゃんなんかもうくたくただよ」
子供たちは何も言わない。それでも私に歩調を合わせるように、ゆっくり階段を上ってくれる。
「おばあちゃんも小さい頃はこんな階段なんて平気だったんだけど、年はとりたくないねえ。2人とも何年生?」
  4年生、と一人の子が答える。こうやって話していると、気がまぎれて少しは楽になる。すると、一人の女の子が私の右手をすっとつかんで言った。
「カバン、持ってあげる」
「わあ、ありがとう、優しいねえ。この近くに住んでるの?」
「うん、毎日この階段上がって学校に行ってる」
「そうなの。この辺は昔、山道だったからね、タヌキが住む穴があったんだよ。だから狸坂って名前がついたんだよ」
「私、その話知ってる。学校の方には蛇坂っていう坂もあるよ」
「あらそう。じゃあきっと蛇が住んでたんだね」
  たわいのない話に、子供たちはつき合ってくれるので、私はなんだかなつかしい気分になった。

  どうにか長い階段を上り終え、私は2人にお礼を言ってカバンを受け取った。
「これ、あげる」
  一人の子が私に手を差し出して言った。見ると、手のひらには2つのあめ玉。
「おばあちゃんにこれあげる。一つは、がんばって階段上ったおばあちゃんへのごほうび。もう一つはお花といっしょにお墓にあげてね」
  じんとして瞼が熱くなり、一瞬私は何も言えなくなってしまった。ばいばーい、と言って走り出す2人に、やっとのことでありがとう、と声をかけた。
「お父さん、この齢で子供からごほうびをもらったよ」
  一人つぶやきながら、私はあめ玉を口に入れた。コーラの炭酸がパチパチ口の中で弾けて、思わず背筋がしゃんとなった。走り去る2人の後ろ姿を見送りながら、まるであの子たちが元気にスキップしているみたいな味だなぁと私は思った。
 
第13回 NTTふれあいトーク大賞 優秀作品集』(NTT刊)より