生命思考
ニューサイエンスと東洋思想の融合
石川光男・著 TBSブリタニカ 1986年刊 

 便秘患者の10%が大腸ガン

 入ったモノを捨てる、というのは肉体的な意味でもきわめて重要である。たとえば食べることと排泄の関係である。
 「食べる」というのは生体の本能的な営みで、多くの人がさまざまな形で気を使う。しかし反対に、「排泄」については不熱心である。
 排泄がうまくいかない典型的なケースが便秘で、東洋医学には「四百余病すべて宿便」という諺があるほど身体全体に悪影響を及ぼす元凶と考えられている。部分と全体を切り離して考える西洋医学では、これまであまり重視されていなかった。
 だが宿便のような毒物が体内にあると、異常現象が身体のあちこちに起きる。宿便には食べ物のカスだけでなく、胃壁などで死んでいる細胞や内臓の老廃物も含まれている。それが腸内に長く貯えられていると、有害物質が逆吸収され、体内に戻っていくこともある。これがシミや吹き出物などの肌荒れにつながる。
 さらに老廃物の毒素が体内へ回ると、解毒機能を持っている肝臓の負担を増大させることになる。常にそのような状態にあると肝臓を酷使することになり、やがて肝機能に障害が起き、それがきっかけで体内のホルモンバランスが崩れ、体にさまざまな不都合が生じてくる。

 埼玉県越谷市の市民病院に日本で初めてという「便秘外来科」ができた。この病院では、便秘患者に対して必ず大腸ガンの検査を実施しているが、これまでのデータによると患者の約10%から大腸ガンが発見されている。便秘が大腸ガンの一因になっていることが、ここでも関係づけられた。
 大腸ガンはいずれガンのトップになるだろうと言われているが、これは食生活と大いに関係がある。現在の肉食中心の食生活では、繊維質を多く含む野菜の摂取量はどうしても少なくなる。その結果、排泄機能が低下するのである。肉食は脂肪分を多く含む腐敗物をつくり出す。そうすると脂肪を分解するために腸内では多くの胆汁を必要とする。胆汁は、多すぎると腸内の細菌が作用して発ガン物質の二次胆汁酸に変化し、腸内にたまる。これが大腸ガン発生の確率を高めることにつながっていく。

 「切り身文化」に支配されている

 東洋には全体食の発想がある。これは「自然に存在しているものを、できるだけ丸ごと食べる」ことである。魚なら切り身ではなく頭から尻尾まで全部食べた方がよい。東洋で小魚を重視するのは全体食の考え方からきているのだ。
 豆、ゴマ、穀物も全体食である。いずれも種子だからである。ところが、たとえば私たちの米の食べ方は胚芽の部分を取り除いているが、これは魚でいえば切り身で食べるのと同じである。米を丸ごと食べるというのは玄米のまま食べることなのだ。野菜の場合も、大根なら根っこから葉まで食べるのが全体食である。
 現在の私たちの食のスタイルは欧米的な「切り身文化」に支配されており、何でもコマ切れにして食べようとする傾向にある。これは東洋の発想とはまったく逆である。東洋、とくに中国では食べ物だけでなくモノを全体(=丸ごと)で捉える。生命体としての人間を捉える場合も、西欧の医学が死体解剖によって物質の構造を明らかにする方法でアプローチしているのに対し、中国医学では心と身体、さらに自然を含んだ全体の働きに着目している。
 人間が病気になった場合でも、西欧の医学では、さまざまな手法で“犯人”を特定のある部分に限定し、そこに人工的な作用を加えることで治す。これは自然を支配する考え方である。
 中国医学では、身体の各部分のつながりを重視し、体のある部分にトラブルが起きても、全身的な機能のアンバランスを元に戻すような道づくりをする。

 「気づき」の文化

 かつて私たち日本人の食生活は天然、自然のものが多く、料理法もいまのようにバラエティに富んではいなかった。そのせいで比較的固いものが多く、どうしてもよく噛む必要があった。自然の食品は噛めば噛むほど味が出てくる。こうして「味わうということはよく噛むことである」ということが体でわかる。天然の甘味がじわーっと出てくるのは、生体が送ってくる内部情報なのだ。
 味を噛みしめるには、たとえばテレビを見るなど気を外に散らしていてはできない。「おしゃべりしないで食べなさい」というのも、かつての大人たちの子どもに教えるテーブル・マナーの一つだった。おしゃべりしていては気が散って、食べ物の味を感じることができないということだ。
 食べるときには食べることに集中し、よく噛めば生体の内部の「美味しい」という情報に気づくことを体験的に知っているのだ。
 食べ物をしっかり噛めば制ガン効果があるが、それ以外にも満腹感が早く訪れることも効用の一つである。「腹八分目」とはよく言ったもので、よく噛んでゆっくり食べると、だいたい七、八分で満腹感が広がる。これが少食主義につながっていく。
 ためしにやってみればわかるはずである。これも内部情報の一つである。人間という生体はもともと内部からの情報が出てくる仕掛けになっているのである。私たちの親が伝えてきた食べ方は、生体の理にかなった習慣だったと言えるだろう。
 ヨーロッパやアメリカのテーブル・マナーは、とにかくみんなでワイワイやりながら楽しく食べる。その会話がユーモアに富み、洒落ていれば、外からの情報がどんどん入ってきて、テーブルを囲む人たちに一種の連帯感が生まれる。明るく愉快である。その結果、ホルモンの分泌や消化にもよい影響をもたらす。
 しかし、語らいながら食べると、どうしても噛むことはおろそかになりがちで、味に気づくようにはならない。
 最近の日本人の食スタイルはすっかり欧米風になり、天然、自然の固い食品は嫌われ、どれも軟らかい。歯ごたえのあるものは生野菜ぐらいである。それが当たり前と思っている人が多く、固さや軟らかさを意識することさえしない。
 軟らかい食品はそんなに噛まなくても胃に流し込まれるから、味に気づくこともない。満腹感も、食べ過ぎたころにやってくる。食習慣の変化によって、せっかくの内部情報を生かすチャンスが奪われてしまっていると言える。
 欧米と日本の食生活のスタイルの差は、結局は文化の差から来ている。どちらがより優れているとは言えないが、現在の日本人の食生活を見ていると、あまりにも内部情報の取り入れを無視しすぎている。というより、生体が情報を出すことをしらないのだろう。
 グループや大勢で食べるときは別としても、一人で食べるときはできるだけ生体が発する内部情報に耳をそばだてるように、ゆっくり噛む習慣をつけることである。さらに、天然、自然の固いものをもっとテーブルに取り込むようにする。ここでもバランスが大切となる。

★なわ・ふみひとのコメント★ 
  この本の発刊は1986年となっていますので、著者は30年以上も前からわが国の食生活のあり方に警鐘を鳴らしていたことになります。今日的には、この本で述べられている内容に特に目新しいものがあるわけではありません。食べ物と健康が密接な関係にあること、全体食が望ましいこと、よく噛むことが大切であること、排泄の問題にも関心を持たなくてはいけないこと、‥‥などが力説されています。
 特に、戦後の日本人は欧米化した肉食中心の食生活によって腸内に腐敗物がたまりやすくなっており、そのことが今日の大腸ガン患者の大量発生の一因になっているという分析には耳を傾ける必要があるでしょう。
 
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