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 「坂の上の雲」に隠された
歴史の真実
明治と昭和の虚像と実像 
福井雄三・著  主婦の友社
 
 エリートの消滅は社会の崩壊を招く

 権威の崩壊は、そのままエリートの、ひいてはリーダーの否定へとつながる。日本の社会で、エリートをエリートとして扱わない風潮が定着してから、どれほどの年月が経ったことであろうか。戦前の日本には、旧制高校という超エリートコースが存在した。中でも二高とか三高と言った超難関校に合格した者は、その時点で天下を取ったような自負と気概を抱いたという。さらにまた、陸士・海兵といった軍人養成コースは、旧制高校に優るとも劣らない難関の、超エリートコースであった。
 このようなエリート意識は、戦後のある種の風潮から見れば、俗悪な立身出世主義と権力志向の象徴として、唾棄すべき嫌悪の対象に思えるかも知れない。だが実はエリートのこのような自負と気概こそが、国家や社会に対する国民全体の崇高な使命感を根底で支えているのである。江戸期300年間を通じて完成された「武士道」という、世界でも稀に見る精神文化は、幕末維新の激動を経て明治のエリートたちに継承された。
 明治革命を主導した雄藩の志士たちは、自分たちの出身母体である武士階級そのものを犠牲にし、消滅させることによって日本の近代化を図るという、前代未聞の離れ技を演じてのけた。このような行為は世界史上前例のないケースである。人類の罪を贖うために、我が身を犠牲にして十字架に傑になったキリストの行為に匹敵するといってよいであろう。
 日本武士道の「ノブレス・オブリッジ」(高貴なる者の義務)の精神は、第二次世界大戦に日本が敗れるまで、紛れもなく日本社会の隅々に脈打っていた。社会そのものがエリートに対して、エリートたるにふさわしい言動、姿勢、態度、挙措動作を期待し、またエリートたちもその期待に応えようと必死で努力したのである。
 エリートをエリートとして遇し敬わないような社会で、誰が自ら進んでノブレス・オブリッジを果たそうという気になるであろうか。エリートであることがまるで罪悪であるかのような、卑しいことであるかのような風潮が支配する中で、誰が自ら進んでエリートの使命を貫こうとするであろうか。戦後の日本社会の様々の領域で進行している混乱と無秩序は、まさにこの戦後のエリート否定の風潮から生じる、社会道徳の乱れにその源を発しているのである。
 学校教育の荒廃ぶりは目を覆うばかりである。昭和50年代後半以降、全国の中学校に荒れ狂った校内暴力の旋風。10代前半の子供が、教室で教師に殴る蹴るの暴行を加えるなど、戦前の日本の学校では考えられなかったことである。小中学校の義務教育の現場では、もはややる気をなくして、教師の義務を放擲してしまっている教師が、かなりいるのではないだろうか。
 成人式の日にテレビカメラの前で、幼児の如き乱暴狼籍を働いて取り押さえられ、式典を混乱に陥れる20歳の青年の姿がニュース報道されるようになって久しいが、このような現象は、戦前の日本では想像だにできなかったことである。

 
果たすべき義務を果たさない社会になってしまった

 最近報道された、あるニュースを見ていて、ついに日本の国もここまで地に堕ちたかと慄然とさせられた事件がある。これは埼玉県のある地方都市で起こった事件であるが、駅前の交番派出所に一人の男が「助けてくれ!」と助けを求めて駆け込んできた。次の瞬間、この男を追いかけてきていた数名の暴漢が、交番の建物の中になだれこんできて、警官の面前でこの男を捕まえ、建物の外に引きずり出し、殴る蹴るのリンチを加えた。わけを尋ねた警官に対して暴漢たちは、「これは内輪の問題だから警察は関係ない。お前たちは黙って引っ込んでいろ!」と一喝し、その剣幕に怖れをなした警官は、そのまま引き下がってしまって、被害者の男性がリンチを受けるのを傍観しながら放置していたという。さらにそれから、この男性が暴漢たちによって車の中に押しこめられ、連れ去られる場面をも目撃しながら、それも傍観し放置したという。
 交番の前を通りかかった通行人たちが、遠巻きに取り巻いてこの暴行現場を目撃していたにもかかわらずである。しかもこの事件後騒ぎが大きくなり、事態を重く見た警察が内部調査を始めたのに対して、この事件に関わった2名の警察官は、責任を追及されるのを恐れ、口裏を合わせて、あたかもこの事件がなかったかのように、隠蔽工作をしようとしたという。
 日本という国家の崩壊、解体現象もついにここに極まれりの感をぬぐい得ない。二・二六事件の青年将校がこれを聞いたならば、この当事者の警察官2名を公衆の面前に引きずりだし、日本刀で一刀のもとに切って捨てているであろう。いやそれ以前に、こんな警察官はいなかったはずだ。戦前の日本の警察官は、軍隊とはまた違った意味で社会に君臨していた、誇り高きサムライであった。彼らが腰に吊っていたサーベルは、まさに武士の魂の象徴であった。いざ事あらば、この伝家の宝刀を抜いて切るぞ、という無言の威圧が警察の威厳を支え、社会の安寧秩序を維持していたのである。そしてまた、地域社会の住民の警察に寄せる尊敬と信頼も、並々ならぬものであった。
 前述の埼玉県の交番の事件であるが、警察がこのような体たらくで、一般市民の誰が警察を信頼し、警察に協力する気になれよう。この時この事件に関わった2名の警察官は、被害者を追って交番の中に殴り込んできた暴漢たちを、まずは体を張って断固阻止すべきであった。そして相手の対応如何によっては、ピストルを発射してもかまわなかったのである。それは警察官の当然果たすべき義務として、何ら咎められる行為ではないはずだ。腰に差している刀は、伊達に差しているのではない。刀はいったん抜けば切るものだ 腰に吊っているピストルは、伊達に吊っているのではない。ピストルはいったん構えれば撃つものだ。
 日本の社会をこのような混迷と混乱におとしいれている源泉は、第二次世界大戦に日本が敗れた敗戦のショック以外に考えられない。日本の国家開闢(かいびゃく)以来の未曽有の敗戦に、国民がショックのあまり腰を抜かしてしまい、その精神的に腰を抜かしたままのショック状態が、戦後60年近くになんなんとする今日に至るまで、続いているということであろう。

 ★なわ・ふみひとのコメント★
 
昔は「兵隊さん」はエリートであり、その「権威」は国民から畏敬の念を持って見られていたのです。また、「おまわりさん」も同じです。親たちが、子どもが言うことを聞かず手に負えないときは、「悪いことをしたらおまわりさんに言いつけるよ」と脅しておとなしくさせることができるほどの「権威」だったのです。その「おまわりさん」あるいは「駐在さん」は、自分が住む街や村の治安を守るのだという強い責任感と一種のエリート意識を持っていたに違いありません。
 そのような社会的エリート意識のことを、かつては「武士道」と読んで社会全体が評価していたのです。いまやそのようなエリート意識を持つ層はこの社会から消え去ってしまいました。国の指針を決める超エリートであるべき政治家も、いまでは政治の素人であるお笑いタレントやスポーツ選手でも勤まる時代を迎えています。結果として、国民から選ばれたわけではない官僚たちによって政治が巧妙にコントロールされ、国民の望まない政策が勝手に進められていく国となってしまいました。
 このようなおかしな社会が生まれたのは、戦後アメリカ(を裏から支配する層)によって意図的、計画的にこの国の退廃化が進められた結果なのです。今日のこの国の姿を、伝えられている戦前の日本と比べて見ますと、いまやその戦略(謀略)が見事なまでに結実してしまったと言わざるを得ません。ここまで堕落させられてしまっては、もはやこの国を再建することは難しいと思いますが、かつては世界から賞賛されるほどの「ノブレス・オブリッジ」の意識を持った人たちにリードされていたという事実は、ぜひ記憶にとどめておきたいものです。
 
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