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 最高支配層だけが知っている
日本の真実
副島隆彦・編著  成甲書房
 
「属国・日本」を勝利させた「宗主国イギリス」

 ロシア・バルチック艦隊の司令官ロジェストウェンスキー提督は、日露戦争後、「日英同盟こそが日本海海戦の真因であって、威海衛にはイギリス東洋艦隊が集結しており、もし対馬でバルチック艦隊が勝利しても、イギリス艦隊が介入し、やはり全滅させられただろう」という苦々しい述懐を残している。この発言は、ロシア・イギリス双方から封殺された。しかし最も手酷くやられた人間がいちばん、事の真相を理解しているものだ。
 明治時代、特に日露戦争の頃までは、日本はイギリスの忠実な属国であった。当時の日本軍とイギリスの観戦武官との関係は、たとえばベトナム戦争時の南ベトナム政権とアメリカ軍の軍事顧問団のような(イギリスは表面的には上手く隠し切ったので、そこまであからさまではないにせよ)従属関係で戦争を遂行していった。
 これは副島隆彦が提唱した、世界情勢を読む上での強力なツールである「属国・日本論」に立脚した観点だが、他にも、ごく一般的なパワー・ポリティクスの見地からすれば、他の一流の識者も同じような見解に立っている、ある意味では常識的な見方であるともいえる。日本において、今も地政学の第一人者である曽村保信氏の著書から引用する。

 その前半にあたる日露戦争の頃までは、世界的なシー・パワーの実情からみれば、いわば日本は当時世界最大の海軍国である英国の保護下におかれていたようなものだった。現に日本海の海戦で活躍した主力艦のすべてが英国製であったために、国内では補充がきかなかった。
  (『海の政治学』中公新書、32頁)


 曽村保信氏の同書は、『地政学入門』(中公新書)、『ペリーはなぜ日本に来たか』(新潮選書)等と並ぶ好著である。
 この本の中で曽村氏は幾度か日本の明治時代に触れて、「たしかに19世紀は、“英国の世紀”といってもよかった。……ペリーの日本開国もまた、英国海軍の手厚い保護のもとに達成された」(84頁)等の記述を残している。
 他にも、ベストセラーとなった重要な歴史書『大国の興亡』のポール・ケネディも、同じ視点に立っている。「日本海軍はイギリスで建造された軍艦が頼りだったし、陸軍ではクルップ製の大砲が主力だったのである。さらに重要なのは、多額の戦費を国内の資金だけではまかなえなかったが、アメリカとイギリスの金融市場で調達できたことだった」(『大国の興亡』上巻、315頁)
 トルコ(オスマン帝国)がイギリスに同盟を求めてきた時にイギリスの指導者たちは、それぞれ次のような言葉を残している。

 「イギリスは同盟を誘ったりしない。許可するだけだ」(ソールズベリ、保守党)
 「対等な国同士で同盟は成立しない。同盟とは、ある国が他国の保護を求めることだ」 (パーマストン、保守党)
 (別官暖朗『軍事のイロハ』140頁)


 『日露戦争を演出した男モリソン』(ウッドハウス暎子、新潮文庫)の興味深い歴史描写も以下に引用しておく。

 日露戦争とは、いったい何だったのだろうか。それは一口にいえば、全朝鮮と南満州の一部を勢力下に置きたい日本と、全満州と北部朝鮮を欲するロシアとの利害の正面衝突であり、極東の一端で戦われた二国間局地戦争であった。が、その本質は複雑怪奇で、列強諸国の利害が密接にからまっていた。
 そこで、この戦争の国際的性格をマクロに見直してみよう。この絵はがきにヒントを得て、風刺漫画的にこれを描くならば、次のようになろうか。
 満州というボクシング・リングに、ヘビー級・北国の大白熊と、バンタム級・東国の小黄猿が試合のために上がってきた。ところが、小猿はゴングの鳴らされる寸前におどりでていき、大熊に強烈なパンチをくらわせた。小猿は必死だった。大熊を立ち上がらせてしまってはいけない。その前に何とかやっつけてしまわなければ、不意を突かれた大熊がよろよろと立ち上がろうとするところを、小猿はまたもや連続パンチ。早いとこ十分に痛めつけておいて、良い条件で仲直りに持ち込もうとの心算であった。日本は10年前の日清戦争でも、それをやって成功した。一度しめた味は忘れがたいものである。
 観客席をうめる列強諸国は、やんやとはやしたてた。みな、各々の立場から、この試合に大きな興味をもっていた。勝敗を自分の利益に結びつけようとの下心からである。
 小猿のボス兼マネジャーを自負するのはイギリス。励まし、水を飲ませ、介抱し(外交、財政、技術的援助)「あそこを突け、ここを避けろ」などの指示、情報提供を怠らなかった。と同時に、他の観客に向かっては「小猿に手だししてみろ。相手になるのは、このオレ様だぞ」と威喝し、他の介入を牽制、四方に目を光らせた。
 要するに、日英同盟とは、イギリスがリング・キーパーを務めることを明記した対露軍事同盟であった。
 (『日露戦争を演出した男モリソン』下巻、134〜135頁)

 
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