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 かくて歴史は始まる
逆説の国・日本の文明が地球を包む
渡部昇一・著  クレスト社
 
 “白人神話”を叩き潰した日本軍の活躍

 これほど根深いものであった人種差別が、第二次世界大戦によって根底から崩れていった。戦後、白人たちは、何とか昔の状態に戻そうとしたが、すでに後戻りができなくなっていることに、はしなくも気づかされたが、それは日本のためであった。
 たとえば、東南アジアの状況を考えてみれば、よく分かる。
 日本軍は敗戦とともに東南アジアから引き揚げた。イギリス、フランス、オランダなどはこの地を戦前の状態、すなわち植民地に戻すべく、そこに軍隊を送り込んだ。独立運動の高まりを抑圧するためであった。
  戦前なら、独立運動はただちに鎮圧されるはずであった。事実、コロンブスの新大陸発見以来、有色人種の白人に対する反乱は数多くあったが、みな簡単に潰されてきた。
 しかし、日本軍が引き揚げた後の東南アジアでは、そうはいかなかった。それは、なぜだろうか。
 日本が東南アジアに進攻し、列強の植民地を占拠した時が、日本軍最強の時期であった。
 このときの零戦は、撃墜不可能の戦闘機と言ってもよかった。零戦はイギリスやアメリカやオランダなどの戦闘機を圧倒的な力で叩き落とした。これに対して、日本軍の損害はゼロに近かった。
 また、海上においても、日本軍はまことに強力であった。
 七つの海を制したイギリスの艦隊も、日本の敵ではなかった。イギリス東洋艦隊旗艦プリンス・オブ・ウェールズやレパルスも、なすすべもなく海の底に沈んでしまった。オランダやアメリカの艦隊も、同様であった。ところが、日本の軍艦はいっこうに沈まない。
 この圧勝を目の当たりにしたとき、東南アジアの人たちは、自分たちが従来持っていた白人に対する概念が音を立てて崩れていくのを実感したのである。
 しかも、パレンバン(スマトラ島)やメナド(セレベス島)の攻略において日本軍は、落下傘部隊まで使った。
 紺碧の空から白いものが降ってくる。それがじつは人間であると知った現地の人たちは、神さまが降ってきたとは思わないまでも、そんなことができるのは白人以外にないと思ったにちがいない。
 ところが、降りてきたのは自分たちと同じ顔の日本人であった。しかも、その日本兵たちが、たちまち現地の白人を一掃してしまったのだから、天地がひっくり返る思いであったろう。

 
インディアンの誇りを奪った白人の残虐

 日本を除く世界中の有色人種たちは、教百年にわたって「白人に対しては絶対に手を上げてはいけない」ということを親たちから教えこまれていた。それは、一種の本能になっていた観があるほどだった。
 もちろん、有色人種が白人に対して反乱を起こしたことは過去に何度もある。最も有名な例はアメリカ・インディアンたちの勇敢な抵抗であり、これは西部劇でも知られているとおりである。
 ところが、白人たちは自分たちの仲間が殺されると、徹底的にインディアンのその部族に報復した。さすがにこれは西部劇では描かれることは少ないが、相手のインディアンの部族を、男ばかりか女・子どもまで、すべて虐殺したことも稀ではなかった。
 戦場において白人を一人殺したばっかりに、部族全員を虐殺されてはかなわない。それで、絶対に白人に手を出してはいけないということがインディアンたちの不文律になった。30年も経たぬうちに、西部劇に出てくるような反抗するインディアンはいなくなったのである。
 あれほど颯爽たるインディアンたちも、白人の圧倒的な力の前に、みんな俯抜け同然になってしまった。白人にとっては絶対に安全な存在になったわけである。
 これと同じようなことが、東南アジアでも何百年にもわたって行なわれてきたのである。すでに白人に対して抵抗しようと考える者は誰もおらず、それこそ、白人と目を合わせることすら憚られるようになっていた。
 そこにやってきたのが、自分たちと同じ顔をした日本人であった。先祖代々、何百年間も「絶対に手を上げてはいけない」と言われた白人を武力で一掃し、捕虜にし、土木工事などにこき使ったりした。
 おそらく当時の日本人のことであるから、働きの悪い白人捕虜の尻を蹴飛ばしたり、ほっぺたを張るようなこともあったであろう。それを見たとき、現地の人々は長い悪夢が一挙に覚めるような思いがしたにちがいない。

 
「見る」ことから始まった東南アジアの独立運動

 悪夢も、一度覚めてしまえば、もうニ度と元には戻らない。
 だから日本軍がいなくなってから、ふたたび白人たちが軍隊を送ってきても、もう以前のようにはならなかった。今度は絶対に屈しない。また、日本軍の中には引揚げを拒否し、現地の独立運動に参加した兵隊たちもいた。
 このころの状況について、あるイギリス人は次のように書いている。
 「かつてのマレー人は、じつに気立てのいい民族だった。何を言いつけても“イエス・サー”、何を命じても“イエス・マスター”と言っていた。ところが、わずか3年半ぐらい日本人と一緒にいただけで、みな根性が悪くなってしまった。いまや何も言うことをきかなくなった」と。
 この話ほど、東南アジア独立の意味を端的に教えてくれるものはない。
 植民地の独立は、民族自決などというスローガンによってなしえたものではない。白人の人道主義も、社会主義や資本主義も、またアラーの神も植民地廃止には何の関係もない。キリスト教は植民地を作るのには貢献したが、解放には役立たなかった。
 有色人種が持っていた白人に対する劣等意識を吹き飛ばしたのは、目の前の現実であった。有色人種の日本人が、白人を戦場において倒すというきわめて即物的な事実が、東南アジアの人々の観念を変えてしまったのである。
 「見る」ということの重要さを、私はすでに本書の中で何度も強調してきた。見るということは、単純素朴なことのように思われがちだが、これほど強力な原動力はほかには見あたらない。「やればできる」と口を酸っぱくして何度も言うよりも、目の前で1回やって見せることのほうが大事であり、歴史を動かす力となりえるのである。
 現に、明治維新によって日本の近代化を見て、あるいは日本の留学制度の成功を見て、アジアの国々は動いた。さらに、日露戦争の勝利を見て、ほかの有色人種の人々は独立の光明を見出した。これが見ることの力でなくて何であろう。東南アジアの人々は、日本が白人国に勝ったところを見て、戦後の独立運動を始めるきっかけを得たのである。

   ★なわ・ふみひとのコメント★
 
白人が歴史的に有色人種に対して行なってきた悪行の数々は、いまや世界の人々の記憶の中から消されようとしています。かつての植民地国では親から子へ、子から孫へと語り継がれていたのでしょうが、最近はオリンピックやサッカーの世界大会などを通じて「人類はみな友達」といったイメージ作りがされていますので、そのような暗い歴史に関心を持つ人も少なくなってしまったものと思われます。
 有色人種の中で、日本だけがこのような白人たちの魔の手によって植民地化されることなく、明治維新を迎えることになったのです。これを見て日本民族は手強いと見た“彼ら”は、その後、太平洋戦争やバブル経済などを仕掛けることによって、この国を拝金主義、自己中心主義(個人主義)の国へと変形させ、いまもなお徹底的に劣化させつつあるのです。
 その白人(の一部)による有色人種虐待がどのようなものであったかは、世界侵略の草分けともいうべきコロンブスの悪行について書かれた以下の内容が大変参考になります。

日本は略奪国家アメリカを棄てよ
 
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