国家破産を生き残るための
12の黄金の秘策
(上)
浅井隆・著  第二海援隊 
  
 「危険が迫っている時、逃げ出してはいけない。かえって危険が二倍になってしまう。しかし、決然として立ち向かえば、危険は半分になる」
イギリス元首相ウィンストン・チャーチルの言葉

 想像を超える極限状態が日常となる世界

 第1章では、衝撃的な今後の10年をお見せした。それらの危機の中でも、私たちの生活にもっとも直接的に、しかも深刻なまでに影響を与えるのはやはり「国家破産」だろう。そこで第2章では、その実像に迫ることにしたい。
 みなさんは、国家破産と聞けば国債暴落や金利暴騰、ハイパーインフレなどを思い浮かべることと思う。しかし、私たちの生活がどのように変化するのかを想像できている方は思いのほか少ないのではないだろうか。
 私は同じ話を講演会などでより具体的に話しているが、初めて私の話を聞く方は、一様に「この日本でそんなことが起きるとはとても信じられない」といった感想を口にする。これだけ豊かで平和な生活が送れる国に住んでいるのだから無理もないが、しかしこの平和な状態がまだまだ続くと考えるのは、残念ながら甘いと言わざるを得ない。歴史を振り返れば、実はほとんどの国が一度は破産状態を経験しており、また破産に至る流れもよく似ている。大多数の国民は国家破産が迫っているという実感がなく、ある日突然どん底の生活に叩き落される。何も準備してない人々だけでなく、多少の蓄えや備えがある人でもすぐに「生きるか死ぬか」という状態に陥るのだ。そうなってからではもう手遅れである。
 「国家破産の歴史」に照らすと、最悪なことに日本はすでに「国家破産への道」をかなり深くまで進んでしまっていることがわかる。天文学的な政府債務という分かりやすい要因だけでなく、国民の精神性やその他の様々な点で過去に国家破産した国と同じ兆候が出ているのだ。もはや私たちが考えるべきは「国家破産は本当に来るのか」「いつ来るのか」ではなく、「国家破産が来る前にいかに備えるか」「国家破産時代をどう生き抜くか」なのだ。
 さて、もし国家が破産状況になったならば、私たちの生活はどうなるだろうか。はっきりと言っておこう。国民の95%は「絶望的な生活破壊」を経験することになる。私は国家破産に見舞われた国々を20年近く取材しているが、人々の生活は例外なく壊滅的に破壊されている。ほとんどの人が貧乏で、仕事がなく、気力もない。明日への希望もなく、精神的におかしくなっている人も多いのだ。
 この本を手にしている方のほとんどは、実際に生活が絶望的に破壊された経験はないだろう。また、これほど平和な日本に住んでいればそれを想像するのも難しいかもしれない。しかしひとたび国家破産状態になれば、財産のほとんどが紙キレ同然になったうえ、生活保護などのセーフティネットもまったく機能しないままに路頭に迷うことになる。想像しうるあらゆる極限状態が、日常的に起きるようになるのだ。
 では、具体的にあなたの身に降りかかる「極限状態」とはどのようなものだろうか。

具体例1 ある日突然お金が紙キレになる

 もっともわかりやすい国家破産の恐怖がこれだろう。持っている円建て資産が一瞬で消滅、あるいは価値が激減するというものだ。この瞬間が訪れるのは「新円切替」が行なわれる時だ。国家破産時に行なわれる通貨の切り替えは、極端なインフレの終息と、国の借金の棒引きという二つの目的で行なわれる。たとえば、ドイツで1923年11月15日に導入された「レンテンマルク」は、「1レンテンマルク=1兆マルク」という比率で交換された。新通貨の導入は、単に通貨単位を切り下げるだけでなく、過剰な物価上昇の抑止に劇的な効果を発揮した(レンテンマルクの奇跡)。また、これによって政府は戦時公債などの借金を棒引きにすることにも成功したのだ(ただし、公債の買い手である企業や個人は借金を踏み倒された)。ハンガリーでも同様に、1946年8月1日に「フォリント」が導入され、すでに紙キレ同然だった旧通貨「ペンゲー」は名実ともに紙キレとなった。
 日本でも第二次世界大戦後に新円切替を行なったが、ドイツやハンガリーとは明らかにやり方が異なっていた。預金封鎖との合わせ技でハイパーインフレの収束を図り、富裕層の財産を没収して財政を健全化させたのだ。この施策は、GHQと政府が取り交わした「戦時利得の除去及び国家財政の再編成に関する覚書」がもとになっている。では、具体的には何が行なわれたのだろうか。
 1946年2月16日夕方、日本政府は急きょ新円切替を発表、旧円は3月3日を以って流通を停止することとした。つまり、およそ2週間で持っている通貨がすべて使えなくなるということだ。新円への切替は等価とされたが、銀行への預け入れが必須条件だった。また、翌17日には預金封鎖が行なわれた。この預金封鎖は完全に引き出しができないというものではなかったが、引き出し額は著しく制限された。これによってダンス預金など市中に出回っている旧円は銀行に集められ、しかも、預金封鎖によって旧円は市中に出回らなくなったのだ。そして、とどめが財産税である。この財産税は、旧円が流通停止となる3月3日時点の財産に最大で90%もの税金をかけるというものだった。これら一連の流れを簡潔に言えば、流通している通貨を使えなくし、通貨切替をさせるため銀行に預け入れさせ、そのお金に重い税金を課して没収した、ということだ。
 この時の様子は様々な文献で残されている。また、少し珍しいところでは2012年のNHK朝のテレビ小説「梅ちゃん先生」でも取り上げられた。人々の「混乱振り」についてはそれらの文献などに譲るが、当時の日本人の精神的なショックが相当なものだったことは想像に難くない。
 しかし、本当に苦しい状況は実はその後に訪れた。新円切替の後、いよいよ経済復興に向けて鉱工業への徹底的なテコ入れ(傾斜生産方式)とそのための復興金融債(復金債)の発行が行なわれる。すでに民間には復金債を消化する余力はなかったため、政府は禁断の日銀引受に踏み切ってしまう。これが契機となり、再びインフレが高進したのだ。こうして新円切替のために預け入れられた預金は、預金封鎖のため引き出すこともできずに数年で紙キレ同然になったのだ。考え方によっては、新円切替を口実にして国民の資産を銀行に集め、復興債を発行して日銀に引き受けさせ、最終的にインフレにして減殺させるという、実によくできたシナリオともいえる。強制的に銀行に集められた国民の資産は財産税で巻き上げられ、さらに「復興」の美名のもと再び「インフレ税」の形で没収されたのだ。
 みなさんは「まあ、ずいぶんとんでもない話だ」と思うかもしれないし、「戦後の占領下で行なわれたことだから、今の日本では決して起こらない」とも考えるだろう。しかし、少し立ち止まって考えていただきたい。財政再建のために非常手段を強要し、イザとなれば日本にも土足で乗り込んでくる組織が地球上に存在することを。そう、「IMF」の介入である。
 日本が国家破産の危機に陥った時、果たしてIMFが介入してくるかどうかは見解が分かれている。GDP世界第三位の日本が破綻すれば、ほぼ間違いなく世界恐慌に陥る。そうなれば、IMFの支援が必要な国が続出するだろう。IMFとはいえ、日本に十分な融資が振り向けられないことは想像にたやすい。
 しかし、私はそれでもIMFが介入する可能性は十分あると考える。介入によって市場開放などを迫れば、高い技術力を持つ日本企業の買収や日本向けの農作物輸出の条件緩和など後々得られる恩恵が大きいからだ。また、IMFには「世界の金融・経済の安定」を守るというメンツがかかっている。日本への融資能力が不十分でも、他の様々な緩和条件(国債の利払い延期などを含むあらゆる延命措置)を持ち出して日本を「更生」させようとするだろう。

■具体例2 他国に占領され、搾取される

 さて、IMFが介入すれば何か起きるか。1997年のアジア通貨危機で、IMFは韓国への支援を行なった。この時支援条件として、財閥解体や財政再建策の他に外資参入障壁の大幅緩和を突きつけた。この結果、2000年代には韓国企業の外資参入率は大幅に上昇し、韓国企業の利益は外資系企業に流れ出すことになったのだ。また、金融危機などの事件がひとたび起こると、これら外資系企業が一斉に資金を引き揚げ、混乱が起きやすくなるという脆弱性も抱えることになった。
 また、貧富格差も深刻になった。国民はサムスンや現代など財閥で働く少数の勝ち組と、それ以外の負け組とに完全に分かれた。2012年の韓国大統領選挙では財閥解体と所得格差の是正が大きな焦点となった。IMFの介入は、韓国経済の立て直しには貢献したが韓国国民に深刻な二極化問題を残していったのだ。
 当然の話だが、IMFは、「善意の貸し出し者」などでは決してない。また、国連の機関ではあるものの、アメリカの意向を強く反映する組織だ。良くも悪くも「自由で公平な競争原理」というイデオロギーを持ち込む傾向がある。また、外資参入を条件にすることで、その後支援した国が財政再建できた時、アメリカを中心とするIMF加盟国が経済的な恩恵を得られるといううまみもある。結果的に、より経済力のある支援国が被支援国の富を吸収してしまう結果になる。これはある意味「経済的占領」と言うべきものだ。
 また、IMFは危機に瀕する「国」を支援する組織であって、その国の国民を救う組織ではない。国民を救うのは、あくまで国の義務である。IMFは国の破綻による他国への影響を食い止めるため、いかなる方法を使ってでも再建するよう迫るのだ。直近の例では、ギリシヤの財政再建で歳出削減を条件としているが、その内容は公務員の大幅削減と賃金引下げ、民間の賃金カットなど国民にとって相当の痛みを伴う内容となっている。これによってギリシャ国民の大半が貧困にあえごうとも、まずは財政再建の遂行を優先させるのが基本的なスタンスなのだ。
 ここまでならまだよい。放漫財政で危機に瀕した国は、その為政を認めた国民にも非がある。しかし、IMFが介入した国は、その後軒並み貧困と二極化にあえぐようになる。先ほどの韓国の例でふれたが、財政再建と経済復興が始まり、外資が参入し始めると、彼らが復興の利益を搾取する構造となり、結果的に失業と貧困がまん延するのだ。1983年にIMFが介入したガーナ、2001年に介入したアルゼンチンを始め、南米、アフリカ、東南アジアなどの様々な国で、IMFの介入後に貧困と二極化が深刻になっている。このような状況を見て、マレーシアなどはアジア通貨危機の時でさえIMFの介入を断固拒否したぐらいだ。たとえ日本であっても、もしIMFが介入する事態になれば、同じ道を歩むことを覚悟した方がいい。
 日本の財政破綻がIMFが介入するほどに進んだ場合、IMFはおそらく預金封鎖や新円切替などの「劇薬」ですら投入してくる可能性が高い。一方、もしIMFの介入までには至らず対症療法で持ちこたえた場合には、別の展開になる可能性がある。それは、慢性的な高インフレによってボディーブローのように財政と経済が傷んでいく、トルコ型の国家破産だ。そしてゆっくりだが、あなたの財産は確実に消えていく。

■具体例3 慢性的な貧困と政治の混乱・デモ・テロ

 トルコでは石油ショックをきっかけに1970年代中盤から2000年代前半まで、なんと約30年もの間国家破産状態だった。年率30〜100%程度のインフレが延々と続き、国民は慢性的に貧乏な暮らしをしていた。年率100%と言えば月6%程度だから、100円の缶ジュースが2ヵ月で110円に値上がりするような感覚だ。つまり、気が付かないうちに徐々にモノの値段が上がり、一年経つと倍の値段になっているのだ。もはや、トルコではリラ建て貯金(トルコの通貨はトルコリラ)などせず、米ドルで貯金するかすぐにモノを買うかというのが当たり前になったそうだ。
 しかも、それだけでは終らない。慢性的なインフレは、財政と経済にゆっくりとダメージを与えていく。まるで家がシロアリに食われていくように、知らないうちに財政と経済は非常に脆くなり、ちょっとしたことで危機に陥るようになるのだ。
 そして、ついにその時は訪れた。2000年11月、経常収支が赤字転落するという懸念と、前大統領の家族が絡んだ金融機関の不正融資や乱脈経営という大スキャンダルが発覚し、トルコの金融システムに対する不安が一気に高まったのだ。一部の銀行はインターバンク市場(金融機関間の取引市場)で貸し渋りに遭い、金利は暴騰してトルコ経済は大混乱に陥った。
 IMFの緊急融資によって一時事態は鎮静化したが、2001年2月19日、政治家同士の対立が再び金融危機を引き起こす。かねてから政界にまん延していた汚職や不正蓄財に対する政府の取り組み姿勢をめぐって、大統領と首相が国家治安評議会で激突、会議の続行が不可能と判断した首相が退席し、緊急記者会見を開いて大統領との対立を「国家の深刻な危機」と発言したのだ。これを受けて市場はすぐに反応、株価は大暴落、金利は15000%まで大暴騰した。この混乱によってあらゆる市場が取引を停止、わずか数力月で約5000社が倒産し、多くの人々が職を失った。
 かねてから政府の無能ぶり、政治家や官僚、銀行家などの腐敗振りに不満を募らせていた国民は、ここぞとばかりに怒りを爆発させた。最大都市イスタンブールでは数万人規模のデモが発生、一部は暴徒化して町を破壊した。また、刑務所ではハンガーストライキが起き、数十人の餓死者がでた。
 ちょっとしたスキャンダルや政局によって、経済がすぐ大混乱に陥るようになったトルコ。それは、1970年代から30年以上の長きにわたって続いている慢性的な高インフレと赤字財政が原因だ。この間、政界での汚職や企業の不正が蔓延し、一部の特権階級が富をむさぼる一方で大多数の庶民は貧しいという二極分化が進行した。失業率は平均すると7%台と極端に高いわけではなかったが、ほとんどが低賃金で上昇率もインフレ率より低いため、国民の活力は削がれ、「真綿で首を締められるように」貧乏になっていったという。
 トルコでは、金融危機後もインフレが高進、通貨単位があまりに大きくなったため、2006年にはついにデノミが実施され、100万トルコリラが新1トルコリラになった。トルコの場合、その後インフレは鎮静化したためまだよかったが、それでも人々は「またいつどうなるかわからない」という不安をずっと抱き続けた。しかも、新通貨単位への切り替えに伴うコストが企業や庶民にのしかかり、モノの買い占めや両替騒ぎなどの経済混乱も起きるようになる。インフレで経済が弱っている時にはかなりのダメージになるのだ。
 ちなみに、ロシアでは旧ソ連時代の1961年と1998年に、ジンバブエに至っては2006年、2008年、2009年と立て続けにデノミを実施している。悪性腫瘍が何度もぶり返し、そのたびに摘出手術をするかのようだ。何度も通貨切り下げでゼロを摘出した結果、両国の経済は深刻なダメージを積み重ねていったのだ。
 私は2001年の経済危機の直後にトルコを訪れたが、その時に目の当たりにした風景と現在の日本を比べると、日本が国家破産する場合、トルコのようになる可能性もかなりあると考えている。政府が抜本的な財政再建や経済改革を行なうことができず、バラマキに終始して問題を先送りする日本の政治体質では、今後も相変わらず根本的な問題解決を行なわずにその場しのぎの政策を打ち続けるだろう。その結果、徐々に経済は冷え込んでいき、気が付かないうちに貧困層に転落する人々が増え、やがて国民の大多数が貧困層という事態になる、ということだ。
 実はすでにその兆候は出始めている。2000年代半ばのOECDの統計によると、日本の「相対的貧困率」は15.7%でOECD加盟国のうち4番目に悪い水準だという。相対的貧困率とは、国民全体の年収の中央値の半分に満たない国民の割合のことで、簡単に言えば貧困率が高い国ほど経済格差が進んでいるということだ。日本の貧困率は1980年代から上昇傾向にあるが、非正規雇用の問題など雇用対策が遅々として進まない現状を見れば、格差拡大は明らかである。日本は絶対的な貧困にあえぐ国よりはるかに豊かではあるが、物価水準も高いため、貧困層の生活はやはりかなり苦しいのだ。今後、この層が増加してくれば、社会に対する不満が噴出してくるだろう。そして本格的に国が破産すれば、デモ、テロの多発や、それによる治安の悪化は必至だ。あまり考えたくはないが、慢性的インフレのシナリオであっても、日本の将来は相当荒んだものになると覚悟しなければならないだろう。

■具体例4 仕事がない! 仕事がない! 仕事がない!

 経済的、政治的な混乱と並行して起こるのは、すさまじい失業だ。国家破産時代のサバイバルにおいて、私は本当に必要なものは実は2つしかないと確信している。一つは「仕事」、もう一つは「健康」だ。どんな時代でも、仕事ができれば何とか生き延びてはいける。そして、元気に仕事をこなすためには健康な体が必要になる。しかし、その仕事を死守すること自体、国家破産時代では極めて難しい問題となる。
 国家破産した国では、軒並み失業率が異常に高くなる傾向にある。極端な例では、ジンバブエの2011年の失業率はなんと94%!! だったという。その他、アルゼンチンでも2002年には24.2%という極めて高い数字を記録している。ロシア、トルコ、第一次世界大戦後のドイツなどを見るとおおよそが10〜15%台に跳ね上がるが、この数字は求職者の数であって、職に就くことをあきらめた人々などを含めると、実態はもっと深刻である。
 現在の日本の失業率は4.6%(2011年)と世界的に見ても低いが、実は日本の失業者の認定基準はかなり厳しいため、実態はその倍とも倍以上とも言われている。また、若年失業率(15〜24歳)は8.6%(2011年)と全体平均の倍以上になっている。実態がその倍だとすると、若者の6人に1人は無職ということになる。すでに団塊の世代が大量に定年退職しているうえ、若者の失業も増えている、就業人口が減っているのだ。しかも、日本の需給ギャップは埋まらず、長期のデフレ状態に置かれている。つまりこれは、新たな需要創造をしない限り、今後は加速度的に失業率が悪化する傾向にあるということで、極めて憂慮すべき事態なのだ。
 さらに、今後日本の財政危機に火が付けば、大不況が巻き起こり民間の仕事は間違いなく激減する。一方、公務員の定数や待遇は今でも議論になっているほどで、極端な人員整理や給料カットなど公務員の地位も危ない。事業主も一度破産してしまえば、そこから立ち直るのは至難の業となるだろう。もちろん政府が生活保護を出す余力もない。こうなってくると、仕事を選り好みするどころか、どんな仕事でもありつくのは難しくなるだろう。日本の場合、安い労働力を供給できる国が近くにあるため、単純労働などで雇用を生み出すことが難しい。高い賃金でも成り立つ付加価値の高い仕事は、雇用を生み出すにも時間がかかり、また働く側にもスキルが要求される。したがって、一度仕事がなくなれば再雇用は極めて難しくなり、仕事がなくても十分食いつなげるだけの安全資産を持っている人でもなければ、まず間違いなく「仕事がない=生命の危機」に陥るだろう。
 今、働いている人はいかにしてその仕事を長く続けるか、真剣に考えるべきだ。また、もし自分がクビになっても、何とか食べていける方法も考える必要があるだろう。

■具体例5 あふれ出す「貧乏老人」

 それでも、働く意欲と健康がある若者はまだいい。問題は年金の受給が頼みの高齢者だ。なにしろ、公的年金の積立金の約65%が日本国債で運用されている。国家破産で国債が吹き飛べば、当然のごとく年金支給も滞る。年金減額はおろか、年金基金の破綻で年金消滅の憂き目に遭うことすらありえる。また、減額や消滅はないにしても、インフレの高進によって実質価値が著しく下がるのは間違いない。老後資金として蓄えた預貯金も、インフレによって実質価値が減少することは避けられないだろう。
 国家破産が起きた国は、どの国でも「貧乏老人」が大量に生まれている。1990年代に国家破産したロシアでは、あまりにも貧困が厳しいため自殺する老人が無数に出た。特に、1995年から2000年にかけては経済が極めて混乱をきたしていたが、この時期のロシアの自殺率は40(WTO:人口10万人あたり自殺数)を超えて、世界トップレベルの自殺大国だった。現在、日本でも自殺者が年間3万人を超え、交通事故死亡者の6倍以上という極めて重大な社会問題になっているが、それでも自殺率は24.4(2009年)である。いかにロシアの自殺問題が深刻であったかがうかがえるだろう。
 この時期の高齢者の自殺は特に際立って多かったが、実は現在でも高齢者の自殺率は極めて高い。75歳以上の自殺率は相変わらず40を超えており、男性に限定するとなんと86.5という、想像を絶する水準にある。1992年のソ連崩壊とそれにともなうハイパーインフレ、1994年のデノミ、1997年のアジア通貨に端を発した翌98年のロシア国債デフォルトと、度重なる経済の大混乱で生まれた極端な貧富格差によって、貧しい高齢者は政府からすらも支援の手が差し伸べられず、絶望の末に次々と自殺していった。いまだにその影響は続いており、高齢者の自殺率は高止まりしたままなのだ。
 しかし、これで驚いていてはいけない。さらに高齢者の貧困化が進んだ国がある。韓国だ。1997年の通貨危機でIMFが介入して以来、財政再建を進めてきた韓国では、貧富格差が著しく拡大している。韓国でも日本と同様、若い世代が高齢者を置いて都会に出ていき、貧しい高齢者が田舎に残るという現象が進んでいる。特に、IMFの介入以降は自由競争原理がより浸透し、その
傾向に拍車がかかっているという。その結果、自殺に走る貧困層が激増しているのだ。OECDの調査では、直近の8年連続で韓国が自殺率世界一になっている。その主因は高齢者で、65歳から74歳の自殺率はなんと81.9、そして75歳以上に至っては160.4というとんでもない有様だ。一説によると、韓国の三大死亡原因(がん、脳卒中、心疾患) の次に自殺が来るという。正に「自殺超大国」なのだ。
 この恐るべき自殺率を引き起こしている原因は二つある。一つは高齢者への虐待だ。韓国保健社会研究院の調べによると、高齢者の約二割は肉体的、精神的暴力や扶養放棄など何らかの虐待を受けているという。そして、二つ目が深刻な貧困だ。韓国の高齢者の貧困率(国民全体の年収の中央値の半分に満たない国民の割合)はなんと45%で、高齢者の二人に一人は貧困層という信じられない状況なのだ。かつては儒教の教えにしたがって高齢者を敬い、「高齢者に優しい国」とまで言われた韓国だが、今や老人を虐待と貧困に追いやる「ブラック国家」になってしまった。この現状を見れば、高齢者の仲間入りをした層が将来を悲観して自殺したくなるのも当然だろう。
 韓国国内で極めて重大な社会問題となっている「貧乏老人」だが、政府は十分な対策を施しきれないでいる。日本では政府が自殺対策に200億円強の予算を割いているが、韓国では20億円程度と日本の10分の一程度しかない。年金支給や生活保護もはるかに低水準である。これはもちろん、財政再建優先の政策によって高齢者福祉が犠牲になっている典型的な例だ。
 この韓国の例で明らかだが、国家破産した国では高齢者の大半が貧困にあえぐことになる。そしてその多くは、絶望の果てに自殺という最後を選ぶのだ。今でもすでに老人の孤独死などが社会問題になっているが、いずれこのような事件はニュースにもならなくなり、「高齢者自殺率」という数字のみが報道される時代が訪れるかもしれない。

■具体例6 病気になったら「死」を覚悟するしかない

 国家破産が影響を及ぼすのは、年金や生活保護だけではない。はじめは経済や政治の混乱が人々を苦しめるが、やがて国や自治体が主体となるあらゆるサービスが機能不全になり、厳しい生活にさらに追い打ちをかけることになる。中でももっとも恐ろしいことは、「医療の崩壊」と「治安維持の崩壊」だろう。
 まず、「医療の崩壊」から見ていこう。近年でもっとも典型的な医療崩壊が起きた例といえば、やはりジンバブエだ。2000年代後半に発生したすさまじいハイパーインフレによって、経済が完全に崩壊したジンバブエでは、公的な病院はほぼ壊滅し、かろうじて動いていたのは教会系の病院と「国境なき医師団」(MSF)など海外からの援助団体だけだったという。経済が崩壊しているため、薬や医療品など治療に必要な物資はほとんど回ってこない。病院施設も荒廃し、壊れてもろくな修理もできない状態だ。そしてなにより、医師や看護師が国外に出ていってしまった。
 2009年のジンバブエ保険省の発表によると、医師ポストの68%、看護助産師に至っては80%ものポストが欠員になったという。しかし、国を離れた医師や看護師を責めることはできないだろう。国内では治療をするためのろくな設備も道具もなく、給料は未払い状態が続き、治安も悪く食事にありつくこともままならない状態だったのである。一方で、隣国ではきちんと給料が支払われ、安全な環境で腰を据えて仕事ができるのだ。しかも、医療関係者は隣国でも重宝がられるとあっては、国を離れるのは無理からぬ話である。しかし、残された国民には「病気=即生命の危険」という恐ろしい現実が付きつけられることになった。
 かつてのジンバブエは、低所得者は無料で医療を受けられるほどで、アフリカでは突出して医療インフラが整備されていた。しかし、国家破産以降は医療負担が完全に実費となり、また病院は次々に経営難でつぶれ、診療を受けられる場所もごく一部の施設に限られるようになった。国境なき医師団の報告によると、多くの患者が治療費を払えないがために必要な治療が受けられず、次々に命を落としているという。治療に必要なものすべてが患者持ちのため、患者にとって膨大な額になってしまうのだ。たとえば、診療1回当たり8ドル、手袋を使用すれば2ドル、点滴を打つと20ドル、入院1泊で48ドルという具合だが、国民の過半数の月収が30ドルを下回るジンバブエでは、このような費用を払える人はほとんどいない。
 また、ジンバブエも他のアフリカ諸国同様にHIV感染が重大な問題となっているが、特にハイパーインフレによる医療崩壊以降、HIVの感染が急速に拡大しつつあるという。しかも不思議なことに、「HIVに感染している方がまだマシ」と考える風潮があるというのだ。それは、数少ない医療の担い手であるMSFがHIV感染者の治療を主に行なっていることと関係がある。MSFの医師、メラニー・ローゼンヴィンジはこう語っている。「確かに、ここではHIV陰性よりもHIV陽性であった方がいいという意識が人々にあります。その方が確実に医療ケアを受けられるからです」。つまり、治療を受けられるという理由でHIVに感染している方がマシと考えているのである。実に悲しくやるせない話である。
 またこの時期、ジンバブエでは公衆衛生の低下が原因でコレラが大流行し、数千人単位で死者を出した。コレラは恐怖の伝染病というイメージが強いが、実は現代では適切な処置(ブドウ糖液などの点滴)が確立されており、死亡率は低い。つまり、現代にコレラが流行するということは、公衆衛生と医療インフラが機能していないことの証なのだ。
 しかも処置できる病院数、医師数も極めて少ないため、常に病院は人であふれかえっていたという。コレラが大流行した時には、どこの施設でも患者は施設外の仮設テントにすら収まりきれず、炎天下に埃まみれで横たわり、ただ死を待つのみという状態だった。また、施設内でも折り重なるように患者が横たわっているため、すでに死んだ人の見分けがつかず、発見されるのが死後何時間も経った後ということもあった。やむを得ず患者の目の前で遺体を処置し、遺族に遺体を引き取りに来てもらうまで屋外に半日以上放置することもあったという。
 さらにひどい話もある。瀕死の患者は病院が受け入れなかったということだ。院内で死亡した場合、遺体を送り出すためのお金が必要となるが、遺族がその費用を払えない限り、遺体は何日間でも病院に置いておかなければならなくなる。すでに遺体安置所はそのような遺体であふれかえって使えない状態のため、病院は院内で死者を出さないように患者が瀕死の場合、受け入れを断ったというのだ。
 必要な治療もろくに受けられず、瀕死の状態になっても救いの手は誰からも差し伸べられず、ただ死んでいくだけという過酷な環境に追いやられたジンバブエ国民。彼らの恐怖は想像を絶するものだったに違いない。

■具体例7 泣き叫んでも警察は助けに来ない

 病気が死に直結する恐ろしさの他にも、日常生活が危険と隣り合わせという事態も私たちには想像しがたい恐怖だ。日本はこの数十年、世界でもトップクラスの治安を維持してきた極めて安全な国である。スリや置き引き、車上荒らしなどの窃盗が起こる割合は、他の先進諸国と比べても格段に低い。また、政治情勢や治安などを総合的に指数化した「世界の平和な国ランキング」2012年版では、日本は世界第5位の平和な国とされている。これだけの人口が密集した経済先進国としては、あり得ないほどに治安がいいのだ。海外旅行に行けば、世界のおよそ“一般的”な治安レベルを体験することはできる。それでも私たち日本人にとっては常識外の経験となるが、これが国家破産国レベルの治安となると、もはや想像を絶する領域となる。
 近年、国家破産懸念が伝えられるギリシヤでは、爆弾の爆発や放火などの事件が相次いでいる。これらの事件は政治テロの要因が強いのだが、一部では一般住宅への放火なども指摘されており、油断していると巻き添えになる可能性もある(2013年1月22日付外務省ホームページ)。財政再建が進まず、経済が衰退すればより深刻な治安悪化につながっていくだろう。彼らの日常はまさに「巻き添え死」と隣り合わせだ。
 金融危機が伝えられるスペインでは、白昼堂々と日本人観光客を狙う強盗件が何件も発生している。スペインは世界第3位の受入れ客数を誇る観光大国だ。一般的に観光が盛んな国ではスリや置き引きなどの窃盗発生率が多いと言われているが、強盗事件となると話は深刻だ。その国のイメージに泥を塗り、観光産業自体がダメージをこうむるためだ。しかし、スペイン政府は強盗事件を抑えきれていない。これは、デモやストが多発し、大量の若年失業者が次々と事件を起こすため、十分な治安維持を行なえないことの現れでもある。
 2001年にデフォルトしたアルゼンチンでは、2002年頃には強盗事件が多発した。駅のホームで複数の暴漢にバッグをひったくられそうになった女性が、抵抗の末に線路に転落し、発車しかかった電車に轢かれて死ぬという悲惨な事件も起こった。しかもその後、周囲の乗客たちが暴漢の一人をリンチしたという、事件に輪をかけるような血なまぐさい話も残っている。ここ数年は堅調を維持してきたかに見える同国だが、2012年には経済が大きく失速、これを受けて国民の不満が爆発し、12月20日から21日にかけて全国的に大規模な略奪が発生した。はじめは南部の地方都市で起きた事件だったが、瞬く間にその勢いを増し、結果的には首都ブエノスアイレス郊外にまで及んだのだ。スーパーや商店、ガソリンスタンドが襲われ、食料品、衣料から家電など大物も持ち去られ、二人の死者も出たという。アルゼンチンの場合、もはやちょっとした経済失速にも敏感に反応し、治安が悪化するという極めて不安定な状態になっているのだ。
 国内にモノがあるうちはこのような略奪騒ぎが頻発するが、さらに貧困を極め末期的な状況になると、今度は略奪の標的が外国人に変わっていく。第一次大戦後のドイツでは、外国人ばかりを狙った犯罪が際立って増えたという。また、南欧諸国はもともと窃盗率が高いが、経済衰退が進めばスペインの強盗の例のように外国人観光客が狙われる割合が激増することになるだろう。いずれ日本も、渡航してきた金持ち外国人を集団で略奪するという日が来るかもしれない。

■具体例8 食べ物が手に入らない

 国家破産で思い浮かぶもっとも典型的な極限状態は、「食べるものがない」ということだろう。確かに食糧の流通は著しく減るが、実は国家破産したどんな国でも、食べ物が。まったくなくなるということはない。実際に起こるのは食べ物があっても「手に入れられない」という事態だ。いったいどういうことか。
 国家が破産状態になると、インフレが高進する。しかし、どれも一律に値段が上がるわけではない。生活や生き残りの必要度に応じて、値段の上がり方は違ってくる。食料品は生き残るうえでもっとも貴重なものとなるため、必然的に物価上昇率は高くなる。輸入食糧の場合、通貨安と供給不足が相まってどんどん値上がりするが、国内で生産される食糧は別の理由でも値上がりする。生産者が出し渋りをし、価格をつり上げていくのだ。その結果、法外な値段でしか食糧が入手できなくなるというわけだ。
 第一次世界大戦後のドイツでは、実際にこうした食糧価格の吊り上げを行なった結果、農家がたびたび略奪に遭っている。もちろん、高く売りつける農家ばかりが悪いわけではない。修羅場で私腹を肥やしたい者も一部にはいただろうが、農家側としても自分たちの生死がかかっているため、より高く売りつける必要があったのだ。
 このドイツの例では、金に糸目をつけないごく一部の富裕層や外国人旅行者が、この少ない食糧をほぼ独占したという。特にフランスやイギリス、アメリカからの旅行者は、当時ドイツ国内で圧倒的な価値となった米ドル、ポンドなどの外貨を使って、飢えた住民を横目に食べきれないほどの料理を注文し、豪遊を楽しんだという。この光景を脳裏に焼き付けたドイツ人は、外国人への復讐心を旺盛にし、ナチスの台頭を許すに至った。飢餓は、温厚で忍耐強いドイツ人をも狂わせたのだ。
 別の例もある。ジンバブエでは政府が支給するトウモロコシが毎週地域の食糧倉庫に届けられていたが、住民に配給されることはなかったという。配給に絡む人間が、食糧をすべて横流しして不当に利益を得ていたためである。食べ物のない住民は、仕方なく野生の野菜や果物、球根などで飢えをしのいだ。ただ、多くの人々は食用になるものとそうでない者の区別がつかず、食あたりを起こしたという。
 他の国でも、文字通りのサバイバルが繰り広げられている。アルゼンチンでは2000年代初頭の国家破産時、多くの人がネズミやカエルを食べて飢えをしのいだという。
 また、ちょっと変わった例では、フランスの画家ミレーの「落穂ひろい」がある意味ではサバイバルを表わしている。1857年に書かれたこの絵は、当時の貧農が落穂を拾って糊口を凌いださまを描いている。ブルボン朝の財政破綻によって起きた1789年のフランス革命から50年強、フランスは相変わらず動乱が続いており、農家でも貧富の差が激しくなっていた。脱穀の際に落ちた穂は貧農のために残すというしきたりがあったため、貧しいものはこの絵のように穂を拾い集めたというのだ。拾うものがあるだけまだまし、という話もあるが、欧州は比較的開墾が進んでいるためこうでもしないと食糧が確保できないという事情もあったのだ。
 さて、日本が国家破産した時、あなたは食糧を確保できるだろうか。もし普通の食糧を確保する自信がなければ、いまからサバイバル術を身につけるのも一手かもしれない。首都圏や大都市に住む人であれば、ゴミ捨て場に集うガラスやネズミ、駅前に大量繁殖しているムクドリなどは格好のタンパク源だ。また、近所に山があれば山菜やキノコが取れるかもしれない。川や海のそばなら魚を捕る手がある。野原にも球根や野草が自生していることがある。虫を食べる手だってあるだろう(私は冗談でこんなことを書いているのではない。このままでは必ずこういう時代がやって来るのは間違いない)。
 ただし、食べる際には充分な注意と豊富な知識が必要だ。どのような病気に感染しているかもわからないし、また食用でないかもしれないからだ。最悪、猛毒を持っている可能性もあり、「サバイバル」のつもりが寿命を縮めることにもなりかねない。

■具体例9 国民の精神崩壊で待ち受ける恐怖

 最後に、国家破産によって破壊されるもう一つの重大な例を見ていく。精神の崩壊だ。これは国家破産が起きてから問題が顕在化するまでにもっとも時間を要するが、ある意味もっとも根強い社会問題として後々まで尾を引く難しい問題である。
 国家破産によって貧困、社会基盤の崩壊、治安の悪化などが起きると、間近で人が死んだり、略奪や暴力が行なわれたりと、今まで信じてきた常識や価値観が完全にひっくりかえるような出来事に日常的に遭遇するようになる。したがって、過度のストレスがかかりPTSD(心的外傷後ストレス障害)やうつ、不安神経症などを発症しやすくなるのだ。
 1990年代に経済破綻したロシアを取材した時、もっとも印象的だったのが「精神の崩壊」についての恐怖の話だった。第一次世界大戦後のドイツでも、やはり人々は変わってしまった。温和で物静かだった人々が、貧困と生命の危険に満ちた日常生活を送るうちに、徐々に攻撃的で排他的、利己的に変質していったという。そして、まるで集団催眠のように、圧倒的、絶対的な権力の台頭を待望する気持ちが芽生えていったのだ。ナチスの台頭は、ドイツの国家破産による精神崩壊がもたらしたという側面もある。その意味では、国民に与える精神的ダメージこそが国家破産のもっとも恐ろしい本質かもしれない。
 ロシアでは、いまだに精神疾患を患う人々が多く、特に高齢者の自殺と密接に関連があるという。ドイツもナチスの台頭によって第二次大戦に突き進み、敗戦によって領土と民族を引き裂かれるというとてつもない対価を支払うことになった。一度破産した国は、平穏と安定を取り戻すまでに数十年単位の時間を費やすことになるのだ。

●「地獄のサバイバル」を生き抜くには

 私たちの生活の目線で、国家破産が何をもたらすかを見てきた。預金封鎖や仕事がなくなるなどすぐに目に見える問題から、社会インフラの機能停止や国民の精神に及ぼす被害など長期的な問題まで、実に様々なことが起きるのだ。まるで地獄のような世界だが、そのような時代を生き抜くには、様々な知恵や特別な準備、特殊なスキルが必要となる。
 来たるべき「大サバイバル時代」に向けて私たちが最初に持つべきものは「正しい危機意識」だ。国内や海外で事件が起きた時、「まさか自分の身の回りでは起きないだろう」「自分には関係ない」ではなく、「身の回りでも起きるかもしれない」「自分が巻き込まれそうになったらどうするか」と自分に置き換えて考える訓練が有効だ。そうした心構えを常に持って、どんな準備をしていくのか、真剣に考えていただきたい。これからの日本は、その心構えひとつあるかどうかであなたの将来が決まると言っても過言ではないのだから。

★なわ・ふみひとのコメント★
 この間政府やマスコミによって警告されている首都直下型地震あるいは南海トラフ巨大地震が発生すれば、ここに書かれている状況は必ず起こります。円と日本の国債は暴落し、紙切れ同然になっていくからです。
 私の分析では、巨大地震をきっかけにそのような日本沈没を画策している強大な勢力が動いているということです。日本各地で人工地震や火山の爆発を予行演習している連中が、最後に狙っているのは首都圏でしょう。首都が炎上すれば日本は国家機能を喪失することになります。決して私の白昼夢ではありません。心の準備をしておきましょう。
 
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