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 コナン・ドイル・
人類へのスーパーメッセージ
アイヴァン・クック・著  大内 博・訳
講談社  1994年刊
 
 
 人は自分で人生を選択して生まれてくる

 人間は自分自身のため、即ち、自分の名声を勝ち得るため、この世での成功をおさめるために人生を生きるのではなく、全体のために貢献するような人生を生きなければなりません。すべてを与えるとき、すべてを受け取ることができます。こうすることによってのみ、人間は天の王国に入ることができます。

 私の使命は、愚かで馬鹿げたことと、永遠の宝石のような真実との違いを明確に示すことです。真実によって天国が明らかにされ、虚偽は人間を笑いものにするでしょう。人間が知的なプライドを捨てない限り、真実を発見することは不可能でしょう。これに関しては私の友人の中には反対する人がいるかもしれません。しかし、私は強調しなければなりません。「人は幼子のようにならなければ天国の門を入ることはできない」。私はこの真実を何度も何度も強調しなければなりません。
 人がすべてのプライドや自己中心主義を捨てない限り、全能の神の力なしでは人間は何もできないことを理解しない限り、傲慢の牢獄を出て自分だけでは何もできないことを理解しない限り、人間は天の栄光に浴することはできないでしょう。

 地上での生活に関して言えば、私たちは自分自身の選択によって肉体を持って生まれてくるのだ、と覚えておく必要があります。私たちに内在する選択の権利によって、私たちは地上におけるある状況に志願し、選択します。それは、私たちの本来の自己が、肉体を持った人生において最も貴重な体験をもたらしてくれるであろうことを知っているような状況です。
 どんな人であっても、その誕生日、誕生の場所、誕生の状況・環境といったものが、単なる偶然であるなどとは考えないでください。
 神聖な計画を知り尽くしているがゆえに、イエス・キリストは次のように言われたのです。

 一羽の雀が地に落ちるのも、神の知らないことではない。あなたの髪の1本1本がすべて神の知るところである。

 これは真実です。すべての計画は神の御心にあり、神はあなたをその掌に置いておられるのです。
 人間はあらゆる体験の中で、自分自身の勇気と努力によって生きていくことを学ぶ必要があります。人間は本来の自分を発見しなければならないだけでなく、自分自身の本性をコントロールしなければなりません。これをするまでは、人間は自分の霊がもっている無限ともいうべき可能性を実現することはできません。
 人生のすべての修行や体験の目的は、人間を目覚めさせてこのような可能性を実現することです。 

 人間には、運命と自由意思による選択の両方が存在しているのです。
 一人の人間についていえば、運命とはその人が一生涯のうちに体験しなければならない、そして体験することになるであろう、一連の物理的な体験を意味します。自由意思とは、その人の日常的な物理的生活を構成し、かつ支配する一連の状況、環境、境遇に対して、霊的にどのように反応するかということです。
 与えられた境遇に対応する中で、より優しく、かつ親切な人柄になっていけば、人生もその人に対してより優しくなっていくでしょう。逆に、恨みを持ち、同胞に対して厳しく無慈悲な行動をとる人間になれば、苛酷な出来事を自分自身に引きつけ、因果の法則にしたがって、そのような厳しい状況を現実化することになるでしょう。
 
 
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