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 永遠なれ、日本
中曽根康弘/石原慎太郎  PHP
 
 
 世界史に輝くべき日本の近代史 石原

 私は日本の近代史というのは、まさに世界史の中で輝くべきものだと思っています。もし日本人という有色人種によって形成された近代国家がなければ、現況の世界史の有り様は、白人による植民地支配が続いていたはずです。日本のおかげで独立できたというのは、エジプトのナセルやインドネシアのスカルノ、マレーシアのマハティールなど、各国の指導者たちも語っているところです。私たちは日本のおかげで“第三次世界大戦”を戦い終えた、すなわち独立戦争に勝ったと等しくいっていました。
 同じようなことは、まだ私が生まれる以前、日露戦争後にトルコの初代大統領ケマル・パシャもいっています。これは渡部昇一さんにいわれて「なるほど」と思ったのですが、日露戦争に日本が勝ったあと、白人の植民地支配がパタッと止まる。唯一、ムッソリーニのイタリアがエチオピアを併合しますが、あれは売名行為のようなもので、植民地としての効用はほとんどありません。
 私は世界の近代史の歴史原理は、一つしかないと思っています。それは帝国主義です。植民地を持つか、植民地にされるかの選択しかなかった。北欧の国は植民地を持っていませんでしたが、これはヨーロッパには当時から、暗黙の共同体のような意識があったからです。
 そのヨーロッパの繁栄は、植民地支配によって成り立っていた。そうした世界にあって、その秩序を壊した日本の存在は、非常に大きな意味があったと思います。まあ、その日本もロシアによる植民地化を防ぐために戦って勝つと、ミイラ取りがミイラになるように、今度は植民地支配に進出していく。しかしそれは良し悪しは別にして、歴史の必然でしかなかった。
 この記憶は、いまだ欧米人の中に強く印象づけられている。以前、村松剛から、日本が大東亜戦争で降伏した日のアメリカの『ニューヨーク・タイムズ』の論説のコピーをもらいました。このとき一緒に、ドイツが降伏した日の論説も持ってきてくれたのですが、両者を見比べると扱いがまるで違う。
 ドイツとの戦争は、いってみれば年中やっている兄弟ゲンカのようなもので、その元凶であるナチスを淘汰すれば、残るのは優秀なドイツ人だけである。だから復興に力を貸そうという内容になっている。それが戦後のヨーロッパ復興計画、マーシャル・プランへとつながるのです。
 ところが日本の場合、そうは書かれていない。日本に模した巨大ナマズのような化け物が、ひっくり返って口を開けている。そこにヘルメットをかぶったGI(=アメリカ兵)が、「やっとこ」で歯を抜いている。そんな風刺画が描かれ、同時にこんな文章が載っている。
 「この怪物は倒れはしたが、まだ命がある。われわれは一生かかっても、アメリカや世界のために、この化け物の牙と骨を完全に抜き去らなくてはいけない。それは戦争に勝つよりもむずかしい作業かもしれないが、アメリカは世界のためにやるのだ」
 こうした認識から、アメリカの日本統治は始まったのです。つまりアメリカ人から見ると、日本はいまも依然としてエイリアンなのではないでしょうか。黄色人種ということで見下していた日本人が、負けはしたものの、あの戦争で大きな存在感を示した。その後、結果として植民地も解放された。このことは白人にとって、信じられないことだったと思うのです。
 ただ、最近の若いアメリカ人は、そういう形であの戦争をとらえていないし、戦争の記憶も薄れているようです。日本人とて同じことで、ヤスパースのいった歴史の重層性について考えることができない。私がまだ議員だったときのことですが、零戦乗りの第二次大戦中「世界の撃墜王」で知られた坂井三郎さんが、外国人記者クラブの会合でスピーチをしました。彼は冒頭、「私の片目は戦争で失って義眼ですが、私はあの戦争を後悔していません。あれは見事な戦争でした」といいました。すると記者クラブの外国人たちは完全にシラけてしまい、その気配を察して坂井さんは、さらにこんなことをいったのです。
 「皆さん、あの戦争のあと、世界にたくさんの国が誕生して国連に参加しました。その中で白人の国がいくつあるかというと、正確には白人とはいえぬ、それ故白人から迫害をされたユダヤ人がつくったイスラエルだけです。あとはすべて私たちのような黄色人種か黒人の国です。アジアや中近東、アフリカの国々がいくつも独立したわけで、これは非常によいことではないですか。世界の命運を決めるとき、いままで植民地だったところが、一票を投じられるようになった。これは人類の進歩です」
 このとき記者クラブの連中はみんなシーンとしていて、私1人だけ拍手をしました。するとメインテーブルに座っているアメリカ人の若い記者が振り返って、いまいましそうに私をにらみつけた。
 普通ならにらみ返すところですが、このときはニヤッと笑ってやった。すると何か書いた紙を「これをあいつに渡せ」とほかの日本人に渡して、スピーチが終わるとすぐに帰ってしまった。見ると「ユー・アー・ウルトラ・ライティスト・ルナティック」、要は「お前は極右の気違いだ」と書いてあった。
 もしアメリカの外国人記者クラブで、興奮した日本の記者が著名な政治家に同じことをしたら、大物議を醸して即除名でしょう。そんなことを平気でするのですから、日本の政治家もなめられたものだ。この紙を見せて、その記者を糾弾しようかとも思いましたが、すでに私は議員をやめるつもりだったので黙っていました。
 もっともあの戦争を知らないことでは、若い日本人もひどい。坂井さんとはこのあと知り合いになったのですが、あるときこんな話を坂井さんから聞きました。坂井さんが昼ごろ、東京・中央線の下り列車に乗ったときのこと。あの電車は午前中は通学列車になるのですが、坂井さんの前に大学生らしい男が二人座っていた。いまどきの大学生はどんな話をするのかと瞑目して聞いていたら、突然話題が戦争の話になって、「おい、お前知っているか。50年前、日本とアメリカが戦争したんだって」「えー、うっそー」「バカ、マジだよ」「えー、マジか。で、どっちが勝ったの」と、そんな話をしていたそうな。自分の国の近代史、現代史を知らずにいるというのは、将来について考えることができないともいえます。

 ★なわ・ふみひとのコメント★ 《2011年記》
 
石原慎太郎氏は愛国・憂国の思いが強いあまり、歯に衣着せずにアメリカや中国の批判をするために、日本の偏向マスコミから格好の餌食にされています。今や外国勢力に牛耳られてしまった日本の主要なマスコミは、石原氏の不用意な発言があるたびに、「極右」のレッテルを貼っておもしろおかしく茶化しているのです。そのようなマスコミの報道姿勢によって、本来は常識的な“愛国者”である石原氏のことを「極右」という目で見ている人も多いことでしょう。
 かつて石原氏が元ソニー会長の故盛田昭夫氏とともに書いた『「NO」といえる日本』(光文社)という本が英訳され、それを読んだロックフェラーから睨まれてしまったとも言われています。もちろん、日本の代議士(当時)が書いた本をロックフェラーのような大物が自ら買って読むことなどないはずで、石原氏のことを快く思わない日本人(政治家かマスコミ人)がアメリカの黒幕であるロックフェラーに“ご注進”に及んだものと思われます。
 その石原氏も高齢となり、マスコミによってコントロールされるようになってしまった日本の政治に対する影響力はほとんどありません。また、ここに出てくるナセル(元エジプト大統領)やスカルノ(元インドネシア大統領)はすでに故人となっていますので、世界の歴史において日本が果たした偉大な功績を語る人はいなくなりつつあります。

 
 
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