[戻る] 
Browse  
 
 神霊主義
 浅野和三郎・著  でくのぼう出版
 
 
 人間の置かれる環境は4つに大別できるようです。
 (1)物質界
 (2)幽界
 (3)霊界
 (4)神界
 物質界は私たちが五感で日常接触している世界です。

 
幽界

 幽界とは、結局のところ地球の幽体と思えばよいのです。地球にも、もちろん幽体もあれば、霊体もあり、また本体もあります。そして、それらは互いに浸透して、重なり合っています。これらの中で、構成分子が一番粗く、容積が一番小さいのは、むろん地球の物質体です。
 地球の幽体となると、その構成分子は、はるかに微細で、内面は物質的地球の中心まで浸透し、外面は物質的地球のずっと外側まではみだしています。その延長距離については、まだ定説はありませんが、しかし地球の幽体が、他の諸天体、少なくとも太陽系に所属する諸天体の幽体と、どこかの地点で互いに交錯しているのではないかと考えられる点があります。
 『ステッドの通信』の中にこんな一節があります。――
 「私たちの住む世界(幽界)は、地上の人たちが考える所とはだいぶちがいます。幽界の居住者は、物質的生活が営まれるさまざまな天体からやってきた者たちなのです…」
 アメリカの名霊媒ドレッサア夫人が、自動書記によって、ある一人の帰幽者から受けとった通信の中にも、次のような一節があります。
 「私にとって何よりも楽しいことは、他の天体から遣わされた指導者の方たちから、いろいろな知識を授けていただくことです…」
 ほかにも、こういう種類の通信は、まだたくさんあります。
 幽界について、その要点を述べます。

(1)幽界は、肉体をもつ人間にとっても、密接な関係のある境地である。

 幽界は、もちろん肉体を捨てた帰幽者たちの世界ではありますが、しかし人間は生きている間にも、その幽体を使ってたえ間なく交渉しています。各種の黙示、インスピレーション、思想伝達現象、交霊現象、悪夢、といったものは、ほとんどすべて幽界との交渉の結果です。

(2)幽界を、単に距離で測ろうとするのは間違いである。

 仏教では、西方浄土、十万億土などといいますが、これは単なる方便説で、事実ではありません。幽界は、結局内面の世界で、場所からいえば、大地の内部にも、また外部にもわたっています。

(3)幽界は、まだ途中の世界である

 幽界は、物質界とは比べられないほど自由です。
思念すれば、すぐ具象化するという世界ですが、それでも理想からは甚だ遠く、とりとめのない空想や、激しい感情により、ねじまげられた異象が、さかんに出没する境地らしいのです。

 
霊界

 霊界となると、そろそろ地上の人間の思索や想像の及ばない世界になります。もちろん、私たちの内にも未発達ながら、霊体があります。ですから、いっさいの欲念や感情を捨て、冷静透明、あたかも氷のような心境になり、じっと沈思すれば、霊界のある一局部と接することができるかもしれません。
 しかし、実際には、なかなか思うようにいかないのが現在の地上の人類の状態です。現在の地上の人類としてわずかに期待できるのは、霊界とのごくせまい局部的な接触です。それも、よほど優れた天分のある者が、非常な努力をした上での話です。首尾よくこれに成功した人が、つまり人間界の偉大な哲学者、科学者、思索家、発明家なのです。なにぶん、地上の人間は鈍重な肉体で包まれ、きまぐれな幽体でおおわれているので、なかなかそれを突破して、色も、香りも、歪みも、まじりもない、純理の世界には簡単には突入できないのです。
 しかし、この霊界ですら、まだまだ理想の世界ではないのです。この境地の最大の欠点は、それぞれの局面に分割されていることです。ある与えられた筋道の見通しはついても、他の方面のことは少しも、わからないのです。

 
神界

 神界――つまり地球の本体となると、いよいよもってわからなくなります。(以下略)
 
 
 
[TOP]