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 地球(ガイア)の祈り
龍村仁/龍村ゆかり・著 角川学芸出版
 
 
 神に選ばれし人

 渦巻く巨大なガイアのエネルギー、パイプラインの波の中に“在る”一条の生命の道。か弱い裸の人間が一瞬だけ渡ることを許されるその“道”は、在るのではなく創造されるのだ、と先の節に書いた。
 その“道”が、在るのではなく創造される、ということは、そこに人間の介在が不可欠ということだ。すなわち、その“道”を渡る人間がいなければ、その道は存在しないのと同じことになる。
 しかもその“道”は一刻一瞬たりとも同じ状態ではなく、渡る人間によって違い、同じ人間でも、その日、その時によって違う。
 そうでありながら、その“道”を何度も渡ってこられる人間と、何度挑戦しても渡れない人間、あるいは一度の挑戦で“死”の淵を越えてしまった人間もいる。この違いはどこからくるのだろうか。ジェリー・ロペスが大勢の人々から尊敬され、サーファー達から“神”のように憧れられるのは、その“道”を何度も渡り、しかも、それがまるでなにごとでもないように静かに平然と渡ってくるからだ。だとすればジェリーは、あらかじめ“神に選ばれし人”なのだろうか。
 もちろんそう言ってもよい。しかしジェリー・ロペスという52歳の、日系の血を引くひとりの小柄な男にこんなことができるのは、彼の生まれつきの身体能力や個人的才能にのみよっているのではない。彼の52年間の人生体験をはるかに超えた何か見えない大きな力が働いている事は間違いない。ある人は遺伝子がそれを可能にしている、というだろう。ある人は、単に運がいいからだ、というかも知れない。一番簡単な割り切り方は、やはり彼が、“神に選ばれし人”と考えることだろう。しかし、私はその立場をとらない。
 なぜなら、この世に生を受けた人間は全て、“神に選ばれし人”だ、と思うからだ。この世に、この不自由な身体を持って生まれ出ていることそのものが“神に選ばれし”ことだと思うからだ。全ての人間が“神に選ばれし人”であるなら、その、神に選ばれているということ自体はなんの特別な意味も持たなくなる。重要なのは、選ばれていることではなく、自分がいかに選ばれているか、を知ることなのだ。もちろんジェリーはそのことを知っている。いや、自分がいかに選ばれているか、を知ろうとし続けてきた人なのだ。自分がいかに選ばれているかを知ろうとする、ということは、自分がなんのためにこの世に生を受け、こんな身体や心、すなわち個性を持ちながら生きているのか、を知ろうとすることだ。
 ジェリーの場合は、たまたまハワイ・オアフ島に、日系三世の教師である母とスペイン系の新聞記者である父との間に生まれた。10歳の時、たまたま自分の家の前の海に2人のサーファーが現れ、波に乗る姿を見てサーフィンに憧れた。そしてたまたまオアフ島北海岸には、冬に巨大なパイプラインの波が立つ日があった。ジェリー・ロペスが世界で有数の優れたサーファーになっていったプロセスは、ある意味でジェリーの意志とは関係のない“偶然”の重なりであった、とも言える。しかし、その中でジェリーが、限られた“道”を渡れる人になったのは、サーファーになる、という“偶然”の運命の中で、自分がいかに選ばれているかを知ろうとし続けてきたからなのだ。自分がなんのためにこの世に生を受け、なぜこのような個性を持ち、なぜこのような生き方を選んでいるのかを問うことは、多分人間として生まれている最大の意味であり、今のところ人という種にのみ課せられている使命なのだ。
 地球に誕生した様々な種の中で、多分人間ほど個々が多様化しようとする種は他にない。自意識を持ち、個性を持ち、自分が他者と違う、ということに生きがいを感じようとする種は他にない。すなわち、自分がいかに選ばれているか、を知りたいと願う生きものは他にない。それがなんのためなのかを問うことは今はやめておく。ただ、自分がいかに選ばれているか、を問うことは、人として選ばれた者全てに、あらかじめ存在する問いであり、ジェリーはたまたまサーフィンを通してそれを問い続けた人なのだ。その結果ジェリーは“道”の創造に参加できる人になった。ということは、全ての人に、自分なりの“偶然”の運命の中で、“道”の創造に参加できる可能性がある、ということだ。
 ジェリーの生き方が我々に勇気を与えてくれるのは彼が特別に“神に選ばれし人”だからではない。全ての人々の中に“道”の創造に参加できる可能性があることを示してくれるからだ。
 「サーフィンが教えてくれる一番大切なことは調和、特に自分自身との調和だ。最初は自然や波と調和することを必死で学ぶ。そして、それができるようになると、次にやるべきことは、その調和の精神を陸(日常生活)に持ち帰ることだ」
 インドネシア・Gランドの海岸で、ジェリーはふと、ひとり言のようにこう言った。

 FLOW WITH IT, BE PART OF IT 〜 流れに身を委ね、その一部となる

 DON'T PANIC, JUST RELAX 〜 パニックになるな、ただリラックスせよ

 DON'T GIVE UP, KEEP PADDLING 〜 あきらめず、漕ぎ続けよ

 ジェリーのこの短い格言はみなサーフィンについて語られた言葉だけれども、全ての人の多種多様な人生に通じる言葉だ。人はみな自分なりの“偶然”の運命の中で、一条の“道”の創造に参加できることを示してくれている。
 
 
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