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コナン・ドイル
人類へのスーパーメッセージ
アイヴァン・クック著 大内 博・訳 講談社
 
 
 上昇への道、下降への道

 ここで皆さんに思いだしてもらいたいのは、星が天空にかかっているのと同じように、人間の魂は生命の永遠の周期の軌道に乗っていて、眠ることのない神の意識に支えられてその軌道を巡り、かつ、その神の意識の中に保持されている、ということです。確かに、魂はある程度の自由意思と選択する能力を与えられ、それによって善を受け入れたり悪を拒否したりすることができます。しかし、人間の魂はいかなる時であれ、崇高なる魂である神との絆を断ち切る力はありません。そして、神に向かって上昇しようとする力が常に働いているのです。

 人間の運命とは、究極的に神のもとに帰ることによって完成するものなのです。と同時に、人間が神のような存在になるためには、高みに昇るだけでなく、最も低いところまで落ち、悪の深い縁まで落ち、最も深い地獄の底を通り抜けて、やがて自分の住む場所となる天界に達しなければならない、ということも確かです。
 人がこの深遠な真実を把握すれば、同胞である他の人々を責めることはなくなるでしょう。なぜなら、人間としての完全な魂の達成という素晴らしい目標によって、心は喜びで満たされ、その目標に向かって、他の人々も自分自身も、善や悪を経験しながら努力しているのだということがわかるからです。

 人間は地上での生活をする間に、さまざまな内面的な局面で、自分を現実化できるような意識の資質を獲得すべきです。そうすれば、肉体の牢獄から解放されたとき、自分にふさわしい霊界の局面に自動的に移動することができます。
 このような未来についてのヴィジョンを獲得し、肉体をもった生活の目的がわかれば、人間のあり方はきわめて整然としたものになるはずです。そして、いかなる形であれ、災難や事故、不正などの犠牲者になったりすることはなくなるでしょう。

 
人間の生活をよく観察し、人間の魂が霊的な完成に近づくことができるには、どれほどの時間が必要かを子細に検討してみれば、人間がたびたび生まれ変わることの必要性がわかるだけでなく、人生の本当にささいな出来事ですら、きわめて重要な意味を持つことがわかるはずです。
 霊の世界においては、すべてが法則、秩序、調和のなかにあります。自然の世界ではすべてのものが厳密な自然の法則にしたがって動いていることに異議を唱える人はいないはずです。その表面だけを見ると、こうした自然の法則は物質的なものにすぎないように見えるかもしれませんが、それはすべて霊的な宇宙に源を発しているのです。
 行き当たりばったりのやり方では通用しません。自然は義務を遂行しない人に対してはきわめて厳しいものです。これは霊の世界でも同じで、ほんのささいな行動でもそれにふさわしい結果が生み出されます。これは何を意味するかというと、人間の思いそのものが自分の創造物になるということであり、思いがその人にとっての光の天使や暗黒の天使になるということです。
 そういうわけですから、人間がより高い存在の局面から自分自身の人生を見れば、沈んだ気持ち、憂鬱、わがままといった、自分で作り出した精神状態が、いかに破壊的な性質をもったものであるか、よくわかります。

 こちらの世界に来て以来、自分が地上の生活で創作したものから深い影響を与えられていることを私は体験しています。というのは、地上にいたとき、私は陰鬱な登場人物や場面などを言葉で創造し、表現したりすることがよくありました。非常に生き生きとした想像力をもっていたものです。喜びに満ちた情景、暖かい家庭のありさま、美しい風景なども数多く描きましたが、私のペンは残酷で、醜悪な犯罪の場面なども描写しました。
 このような描写をすることにより、あるべき姿とは対照的な性質によって、一種の教訓を与えられるということを認めるとしても、醜いものや恐ろしいものは人の心に長く残りがちであり、暴力的で不健康な波動が人を満たすことになります。よかれあしかれ私の影響を受けた数多くの男女の人生を、いま、私はじっと見ているのです。
 いつの日か、すべての人が、自分自身が作り出したものがどんな効果を生み出したか、美しいものか、それともその正反対であるかを、自分の目で見るという喜び、ないしは恐怖を体験することでしょう。創造したものが架空の人物であれ、その人の行動によって生まれた実際の生活の状況であれ、他の人々の生活に相当な影響を与えるものなのです。
 それから宇宙全体に対して自分がどのような貢献をしたか、善なる貢献であったか、それとも邪悪な貢献であったかがわかるでしょう。善悪というよりも、“肯定的”“否定的”という言葉を使ったほうがよいかもしれません。肯定的な波動のみが創造にかかわる波動であり、永遠の波動なのです。否定的な波動は、本来破壊的な力であるために、最終的には苦しみに終わるという結果になります。
 こうした理由のために、病んで苦しみにあえぐ現実の世界に、人はたじろぎを覚え始めているのです。苦しみは、人間自身が苦しみの種をまいた結果にほかなりません。しかし、霊の世界にいる私たちには、すべての生命の源である偉大な太陽から光が放射されているのが見えます。このおかげで、人間の進化の歩みは今なお上昇の軌道にあります。
 
人間を下降させようとする力がいかに強いものであっても、それよりもさらに強い、上昇させようとする力が働いています。人類は自らの内部にある真実の本能によって、神のもとに帰りたいという、深い、内在する願望によって救済されることでしょう。
 
 
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