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 攘夷と護憲
 幕末が教えてくれた日本人の大欠陥
井沢元彦・著  徳間文庫
 
 
 庶民が動いて初めて国の改革は成功する

 明治維新の重要な要因として経済問題があるということです。
 江戸時代は平和な時代であったこともあり、学問が広く人々に浸透した時代でもありました。現在日本は、識字率が世界一高い国なのですが、実はこれは江戸時代からずっと変わっていないのです。昔からトップであり、今でもトップなのです。
 識字率の高さというのは、知識水準の高さを物語りますから、他の国と比べると日本はかなり知識階層というものが広いし、底辺が大きいといえます。
 国というものが完全にひとつの大きな改革に向かって動くためには、いわゆる庶民が動かなければダメなのです。庶民にとっては、極端なことを言えば、外国に国を開こうが閉じようが関係ない。日常の暮らしがそのままであればいいというのが、本音なのです。
 ですから、洋の東西を問わず、庶民が動かなければ国は変わらないのです。庶民が「このままではこの国はダメだ。この政府ではダメだ」と思ったときに、初めて大きな改革が為されているのです。
 現在の日本も「改革」が声高に叫ばれていますが、一般の人々までが本当に変えなければいけないとは思っていないと思います。生活が苦しくなったとはいっても、飢え死にする人はまずいません。給料が減ったといっても、夏休みにはどこに旅行に行こうかというような話をしています。そんな段階では国は動かないということです。
 そういう意味で、国が動くほどの切実さを庶民に与えるきっかけとなりうるのは、やはり経済問題なのです。
 一番大きいのは、飢えです。飢えというのは、あらゆる秩序を崩壊させます。
 そしてもうひとつは、飢えほどの強烈さはありませんが、物価高といった経済問題、つまり「インフレ」です。
 幕末というのは、実はもの凄いインフレの時代でした。そうなったのは、問題が見えていたのに先送りしていたからです。実は幕末の日本をインフレにした最大の原因も、そこにあります。当時の日本国内の金銀価値と国際基準の違いをきちんと確認せずに、交換レートを決めてしまったのです。

 
円ドル交換レートが幕府を倒した!?

 日本はそれまで300年も鎖国をしていましたから、国内の金銀レートが国際基準とはかなり違っていました。日本国内の金銀交換レートは、だいたいですが1対4と考えていただけばいいと思います。金1に対して銀4ということです。
 実はこれは徳川幕府が国を閉ざす前、つまり三代将軍家光のころの国際レートでした。
 日本もそれまでは外国と貿易をしていましたから、国際レートと国内レートは一致していたのです。これを一致させておかないと大変なことになるということも知っていました。国内で金が安くて海外で金が高ければ、日本の金は流出してしまいます。ですから国を開いている間は、国際レートと国内レートは一致していたのです。
 ところが、鎖国をしたことによって、日本の中はクローズド・サーキットになります。そしてクローズド・サーキットの中で金銀交換レートは、ずっと1対4のまま変化しなかったのです。
 ところがその後も世界は動いていきます。特にメキシコなどで大量の銀が発見されたため、銀が大幅に値下がりし、日本が開国したときには1対16というのが国際基準でした。
 ですから本当なら、開国する前に日本は国内の金銀交換レートを国際基準である1対16にしておかなければいけなかったのです。なんの下準備もしないまま開国した日本は、当然こうしたことにも無策でした。
 これによって、日本の金が大量に海外に流失しています。具体的に言うと、外国人は日本に銀を持ってきて、まず日本の銀と交換します。その日本の銀を日本の金と交換し、それを自国に持って帰るのです。要するに彼らにしてみれば、日本に行けば4分の1の値段で金が買えるということです。
 そのため日本には世界の安い銀が大量に集まり、逆に膨大な金が流出してしまいました。
 当時のお金は紙幣ではありません。金銀貨をそのまま貨幣として使っているわけですから、その貨幣の質が落ちるということは、インフレになるということです。つまり大量に紙幣を刷ったのと同じ状態になったのです。
 その上、不平等条約まであるのですから、日本国内の経済はめちゃくちゃになりました。
 国内産業は、外国商人の思うままに、どんどん潰される。物価はものすごく上がるのに、雇用はない。
 特に困ったのは、武士でした。商人というのは、物が高くなれば、自分の商品の値段も上げればいいのですから、インフレには割と強いのです。ところが、武士は固定給です。しかも恐るべきことに、武士の給与というのは江戸時代初期から上がっていないのです。
 江戸時代初期から変わらない給与で、なんとかここまで誤魔化しながらやってきたのですが、さすがに超インフレに対処できません。実質的には、給与が何分の一かに下がったのと同じことです。
 もちろん、インフレで一番被害を被るのは庶民です。そこで「ええじゃないか」という運動が起こってくるのです。あれはみんなやけくそで踊っているようなものですが、そういったことが幕府壊滅のきっかけになっているのです。
 こうした幕末の経済問題をテーマにした作品に『大君の通貨』(佐藤雅美著)という小説があります。事実に則ったもので「幕末『円ドル』戦争」という副題がついています。大変に面白い本で、簡単に言えば、幕府を倒したのは実は尊王派の浪士でもなければ薩摩長州でもない。換言すれば金銀の交換レートだ、というようなことが書かれているのです。
 交換レートをきちんと取り決めなかったために、インフレーションを招き、ハイパー・インフレが幕府への不満を煽り庶民を動かした。因果関係でいえば、そういうことになるのですが、ハイパー・インフレになったそもそもの原因をたどっていくと、やはり開国を見据えていなかった、ということなのです。もし将来的にでも開国するということが頭の片隅に入っていれば、金銀交換レートをきちんと決めておいたはずです。
 当時でも長崎では貿易をしていたのですから、国際レートを知る手段はあったのです。限定的ではありますが、オランダなどを通じて貿易をしている人も日本の国内にいたのですから、そういう人々を抜擢するなどして、交換レートに関して遺漏のないようにすることもできたはずなのです。
 後知恵といえばそうなのですが、それをやらなかったために幕府は倒れてしまったということです。
 でも私たちは、過去の人間は馬鹿なことをしていたと笑えるでしょうか。もしかしたら、今もこの幕末と同じような過ちをしているのではないでしょうか。

★なわ・ふみひとのコメント★
 
「幕末→維新」は「文明開化」と呼ばれていますが、実は「日本崩壊」の序曲であったことは昨日の文献にも述べられていた通りです。この本の著者・井沢氏は経済の面から日本の崩壊をとらえています。経済音痴であったために幕末の日本は庶民を生活苦に追い込み、その庶民の不満が政体の変革を促したという分析で、説得力があります。そしていま、日本は幕末と同じ状況を迎えつつあるというのです。既に国の財政破綻は避けられない状況を迎えています。その後に間違いなく実施されるのは「IMFによる日本の再占領」ということでしょう。今回も庶民は塗炭の苦しみを味わわされることになりそうです。
 
 
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