天国と地獄
(アラン・カルデックの「霊との対話」)
アラン・カルデック著 浅岡夢二・訳
  幸福の科学出版
 

伯爵夫人ポーラ 〜 恵まれない人々を助けた女性

 ポーラは名家に生まれ、若さと美貌、そして富を兼ね備えていた。1851年に36歳の若さで亡くなったが、そのときは、だれもが次のように思った。
「いったい、神さまは、どうしてこんなに素晴らしい人を、こんなに早く召されるのだろう?」
 彼女はすべての人に対して善良で、優しく、寛大であった。常に悪を許し、悪を助長することが決してなかった。悪しき言葉が彼女の美しい唇を汚したことは、ただの一度もなかった。
 高慢さ、尊大さは少しも見られず、目下の者たちを常に思いやりをもって扱った。高飛車にものを言ったり、横柄な態度をとったりすることも、決してなかった。
 彼女の善行は晴れの舞台だけで発揮される表向きの善行ではなく、彼女の心から出たものであった。神だけが、彼女が人知れず流した涙、たった一人で耐えた絶望を知っていた。彼女の善行の証人は、神と、そして彼女が助けた不幸な人々のみである。
 彼女自身の身分と夫の高い地位にふさわしいかたちで、家を維持する必要があった。そのためにしかるべき出費を惜しむことはなかったが、あくまでも浪費や虚飾を避けたので、通常の半分の出費を支出するにとどまった。
 そうして節約した財産は、恵まれない人々のために使った。彼女はそのようにして、みずからの社会に対する義務、貧しい人々に対する責務を果たしたのである。
 死後12年がたち、霊実在論に開眼した親族の一人によって招霊された彼女は、さまざまな質問に対して次のように答えてくれた。

 そうです。確かにわたくしはこちらで幸せに暮らしております。その幸福感を地上の方々に言葉で説明することは、とうてい不可能です。とはいえ、わたくしはまだ最高の悟りを得ているわけではありません。
 地上にあっても、わたくしは幸せな生活を送りました。つらい思いをした記憶がないからです。若さ、健康、財産、称賛など、地上において幸福の要素とされているものを、わたくしはすべて備えておりました。
 しかし、こちらでの幸福を知ってみれば、地上でのそうした幸福などは、まったく何ほどのこともありません。何しろ、こちらでは悟りの高さに応じた、目もくらむばかりの光を燦然と放つ方々が、綺羅星のごとく数多く集われるのですから。
 地上にある、どんなに素晴らしい金色の王宮にしても、霊界の、空気のように軽やかな建物、広々とした空間、虹でさえも顔色を失うような澄み切った色彩に比べたら、本当につまらないものに思われます。
 霊体を震わせ、魂の襞(ひだ)の一つひとつに染み入る、天上のハーモニーに比べたら、地上の最も美しい音楽であっても、悲しい金切り声にしか聞こえません。
 滔々と流れる慈しみの大河のように、魂全体に絶えず浸透する、筆舌に尽くしがたい幸福感に比べたら、地上での喜びなど、まったく取るに足りません。
 霊界の幸福には、心配、恐れ、苦しみなどが、みじんも含まれていないのです。こちらではすべてが愛であり、信頼であり、誠実であるのです。どこを見渡しても、愛に満ちた人ばかりであり、ねたみ、そねみを持った人など、ただの一人もおりません。
 こうした世界が、わたくしのいる世界であり、あなたがたも、正しい生き方をしたら、かならず来られる世界なのです。
 とはいっても、もし幸福が単調なものであれば、やがては飽きが来るでしょう。「霊界での幸福には何の苦労も伴わない」などとは考えないでください。わたくしたちは、永遠にコンサートを聞いているのでもなければ、終わりのない宴会に参加しているわけでもなく、永劫にわたってのんびりと観想しているわけでもありません。
 いいえ、霊界にも、動き、生活、活動はあるのです。疲れることはないとはいえ、さまざまな用事をこなす必要があります。無数の出来事が起こり、いろいろな局面、いろいろな感情を経験することになります。それぞれが、果たすべき使命を持ち、守るべき人々を持ち、訪問すべき地上の友人を持っています。さらに、自然の仕組みをうまく動かし、苦しんでいる魂たちを慰める必要もあります。
 道から道ではなく、世界から世界へ、行ったり来たりします。あるテーマのもとに集会を開いて、経験したことを共有し、お互いの成功を祝福し合います。
 要するに、「霊界では一秒たりとも退屈している暇はない」ということなのです。
 現在、地上のことは、わたくしたちの主要な関心事となっております。霊たちのあいだには、大きな動きがあるのです。膨大な数のチームが地上に赴き、その変容に協力しています。
 それは、まるで、無数の労働者が、経験を積んだ指揮者のもとに森を開墾しているようなものです。ある者たちは地ならしをし、ある者たちは種をまき、ある者たちは古い世界の跡地に新たなる都市を建設しています。その間も、指揮官たちは会議を開いて協議を重ね、あらゆる方向に使者を送って命令を伝えます。
 
地球は再生する必要があるからです。神の計画が実現しなければならないのです。だからこそ、それぞれが懸命に仕事に取り組んでいるのです。
 わたくしが、この大事業を単に眺めているだけだなどと思わないでください。重大な使命がわたくしにも与えられていますので、最善を尽くして、それを遂行するつもりでいるのです。
 霊界で、わたくしがいまいる境涯に達するためには、それなりの苦労もあったのです。

 過去、何度かの転生を通じて、わたくしは試練と悲惨に満ちた人生を送りましたが、それは、自分の魂を強化し、浄化するために、わたくしが選んだものです。

 わたくしは幸いにも、そうした人生において勝利を収めましたが、そうした人生よりももっともっと危険に満ちた人生が残っていたのです。それが、財産に恵まれ、物質的な面で何の苦労もない生活だったのです。
 これはたいへん危険の多い人生です。そうした人生を試みるためには、堕落しないだけの強さを獲得しておく必要がありました。神さまは、わたくしのそうした意図をお認めくださり、わたくしにそうした人生を試させてくださったのです。
 他の多くの霊たちも、見せかけのきらびやかさに惑わされて、そうした生活を選び取るのですが、残念なことに、ほとんどの霊がまだ充分に鍛えられていなかったために、経験不足から物質の誘惑に見事に負けてしまいました。
 わたくしも、かつては地上にて労働者だったことが数多くあるのです。本質としては高貴な女性なのですが、わたくしもまた額に汗してパン代を稼ぎ、欠乏に耐え、過酷な生存条件を忍んだことがあります。そうすることによって、わたくしの魂は雄々しく力強いものとなったのです。そうしたことがなければ、たぶん今回の転生では失敗し、大きく退歩したかもしれません。
 わたくしと同じように、あなたもまた財産という試練に直面することになるでしょう。でも、あまり早く財産を持とうとしないでくださいね。
 ここでお金持ちの人々に申しあげておきたいのですが、真の財産、滅びることのない財産は地上にはありません。どうか、神さまがくださった恵みに対して、地上で充分にお返しをなさってください。


なわ・ふみひとのコメント ★ 
 特に注目したいのは「神の計画に基づいて地球の再生を行なうために、霊界では無数の労働者が新たな都市の建設に従事している」という部分です。これは終末のあとに出現する世界が、既に霊界で建設されつつあることを意味していると思われます。
 聖書に「御国が来ますように。みこころが天に行なわれるとおり、地にも行なわれますように」(マタイによる福音書)とありますが、地(この物質世界)で起こることはまず天(霊界)で先に形ができあがる必要があるからです。神の計画としての「御国(神の国)の建設」は、随分早い時期から始まっていることがわかる霊界通信となっています。
 それから、この世で物質的に恵まれるということは、前世において善い行ないをしたことの“ご褒美”ではなく、そのような恵まれた境遇でも物質の誘惑に負けないようになるための修行の一環であることがわかります。そして、経験の乏しい魂は見事にその誘惑に負けて退歩してしまう危険性があるという説明には、大変説得力があります。人は生まれ変わりの中で魂を磨いているのだということを、改めて実感させられる内容です。
 
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