超陰謀 [粉砕篇] |
デーヴィッド・アイク・著 石神 龍・訳 徳間書店 2003年刊 |
われわれが自分を支配するための知識 肉体は物質的な人生を過ごす期間における意識の表現で、それゆえに肉体はまた心の状態を映す。意識の不調和な状態は、それを肉体の不調和――安楽でない状態――として映す。そのとき、人は病気になる。 同じように、われわれ自身が自分の意識の内部に調和を見出すことによって、健康を回復すると考えることができる。しかし、この肉体は「本当」の自己ではなくて、本当の自己の一時的な物質的な殻だ。わたしは、肉体を遺伝子の宇宙服、すなわちそれによって永遠に重要な部分――魂――が、この濃密な物質世界を経験できる乗り物と呼んでいる。人間の意識は永遠だが、この肉体は限られた命しか持たないので、「死」によって土とエネルギープールに戻る。 しかし、われわれは「死ぬ」ことはない。意識、すなわち考え、感じるわれわれはこの宇宙服から抜け出て、もう一つの世界、すなわちもう一つの時・空間の現実、あるいは振動数に進む。これが、臨死体験の間に起こっていることだ。 神とか天国の話をするとき、ほとんどの人が依然として空を見上げることは、実に興味深いことである。 これは、神や天国がともかくも「天に在(ましま)す」という宗教的な信念による反射的な反応だ。もし、あなたが地球外生命体(ET)が人間の進化において主要な役割を果たしていた、あるいは古代に定期的にここ地球に着陸していたという莫大な証拠を見るならば、「旧約聖書を含めて、古代の書物の「gods」いわゆる神々は、反重力の宇宙船(空飛ぶ円盤)に乗ってやって来た地球外生命体だったのだ。それゆえ、われわれは神や天国を探して依然として空を見上げるのだ」ということをあなたは信じるだろう。 「神」はあらゆるものである一つの巨大なエネルギー場/意識 [TOP] 天国と地獄は、人がいかなるときでも、経験することができる心の状態だ。われわれは地球上に地獄を持つこともできるし、あるいは地球上に天国を持つこともできる。それは自らの選択、すなわち心の状態がそれを決定する。 神はあらゆるところに存在する。なぜならば、「神」はあらゆるものである“一つのエネルギー場/意識”だからだ。神はあなたの肉体であり、心であり、草であり、木であり、空であり、雨だ。あらゆるものだ。 もし、神が存在するならば、それはエネルギー/意識の同じ海の表現である。そして、われわれはそれを神と創造と呼んでいる。水と雲と氷(液体と気体と固体)は違った状態で存在していても同じ物質であるように、あらゆる創造物は違った存在形式をとっていても同じエネルギー場/意識だ。 人間は、意識の大きな海の中にある意識の滴に似ている。われわれは個人だ。この点で、意識は人のたくさんの経験の総合計であり、それらの経験は別のすべての滴と違っているだろう。 しかし、人は「神」と呼ばれる大きな海を形作る。それは個々の水滴が、一緒になって海を創るのと同じ原理だ。オーストラリアの海岸に砕ける波は、アイルランドやニューヨークの岸壁に打ち寄せる同じ水の塊の一部分だ。同じように、動物たちもあなたと別のものではない。 動物たちは、あなただ。木々と、草と、水も同じようにあなただ。あらゆるものがあなたであり、あなたはあらゆるものだ。もし、あなたが神のもう一つの表現を傷つけるならば、あなたはただあなた自身を、あなた自身のもう一つの姿を傷つけていることになる。 ラジオ局やテレビ局の周波数が、あなたの肉体が今占拠しているのと同じ空間を分かち合うように、異なった周波数、あるいは次元が同じ空間に存在している。それらの局の一つに接続するためにあなたがすることは、テレビやラジオを特定の周波数に同調させることだけだ。 ダイアルを回すと一つの局は「消えて」、あなたはもう一つの局に同調する。あなたがダイアルを特定の局から動かしたとき、その局は存在しなくなるわけではなく、たとえあなたが二度とその局を選局しなくても、何が放送されているか気づかなくても、その局は放送を続けている。 そのように、神は創造物の無限の周波数とともにある。当座は、あなたの意識はこの「局」に、すなわちわたしたちが濃密な物質世界と呼ぶものに同調させられている。しかし、たとえ気づいていなくても、すべての別の創造物の周波数は、わたしたちが占拠している同じ空間に存在し続ける。物質的な身体と脳は、現実に感じたり見たりしているより、ずっと多くのものを知覚からふるい落としている。 創造物の全体は、あなたが今占拠している同じ「空っぽ」の空間の中に存在している。つまり、天の王国は、あなたの中にあるのだ。 しかし、この天の王国の無限ともいえる創造物のほんの一部を除いた他のすべては、人の物理的感覚の周波数の域外で作動している。従って、これらの「隠された」レベルまで、物質的肉体より、より高い周波数域に作用する霊魂の感覚を使うことによって、少しは同調できるかもしれないが、それを見ることはできないし、それを聞くこともできない。 今、それはあなたの物理的感覚では「空っぽ」に見えるかもしれないが、あなたの周囲と内部の空間は、電子的かつ電磁的エネルギーが無限の波長で満たされ、それぞれの状態で作動することによって、実際輝いている。 人が「死ぬ」とき、意識は物質的肉体とこの濃密な物理的波長を去って、永遠の進化をどこかで続けるために、もう一つの「局」に同調する。眠っている間、意識はこれらの別のある波長を通じて旅をする。だから、「妙な」夢を見る。それはこれほど単純なことなのだ。 われわれが与えるものが受け取るもの ――磁気エネルギー場の相互作用 [TOP] 人間の無意識の自己の中の思考と知覚の混合物は、永遠の経験、「複数の過去生」からの知識と感情的垢、誕生時に吸収する占星学的パターン、この人生での経験とを含んでいる。同時に、それらは人間の存在のありよう、自己の感覚、自分自身の想像を生み出す。 人間が発信する霊的電波は、まわりのエネルギー場に影響する。われわれが「雰囲気」と言うとき、ある状況におけるエネルギー場、人々の思考と霊的電波により形成されたエネルギー場のことを言っているのだ。 古戦場には、新たな思考パターンによって置き換えられるまで、戦闘による苦痛と侵略と苦しみによって作られた振動が依然としてそこに残っている。それで、古戦場には事件が起こって数百年たっても「ぞっとするような不気味さ」が依然として残ることがある。 人の磁気パターンは、内面の自己の感覚を反映している。そして、人の内面の現実はその物質的な現実として現れる。なぜならば、わたしたちの磁気パターンは自らに向かってほかの磁気的思考場、――つまり、人々、場所、人生の生き方、経験、それらはわたしたちが発信しているパターンの正確な鏡面像なのだが――それらを引きつけるからだ。これがたとえば、人々がある場所に家を建てたり、休日を過ごすように引きつけられる理由だ。 この牽引力は視覚的なものではなく、振動的なものだ。すなわち磁気的なものだ。人々はそこに引かれるように感じたり、あるいは実際に「引かれる」。これはまた、わたしたちがいかに「偶然の一致」を作り出しているかを示している。「あなたにここで会えるとは」といった偶然の出会いのように――。 振動する磁気作用のこの過程によって、無意識の心は目の前に、出会う人々や場所や人生の生き方や経験の中に、それ自身の正確な物質的な複製物を創造する。 あなたの目を通して見るとき、あなたはあなたの内面を鏡で見ている。あらゆるものは、あなたの重要な部分か、あるいはあなたが何かを学ぶか経験する必要があるものを反映しているだろう。 内面の自己を変えれば、その物質的複製物――あなたの人生――は変わる。今経験している現実は、あなたがあなたをどう考えたかという結果なのだ。それは、意識と無意識の心の中にあるあなた自身の想像物なのだ。人は思考と経験によって、感情と感覚を通じて、これらの想像物を創造する。何を経験しても、それはあなたが発信していることの結果だ。その理由は次のとおりだ。 @過去および現在の思考と行動のため、それは進化のために対面する必要があるもの。 A(あなたによって誕生前に選ばれた)占星学的パターンのため、それは今回の人生計画の部分的な経験を引きつける。 B対面する必要がある経験のため、それは今度の人生で地球に来た目的を達成するのを助ける。 これは、われわれが自ら選んで生まれてきた両親にも当てはまる。自分たちの意識以外に別のレベルから、わたしたちにこれらの両親を選ばせに生まれ変わることを強いる者は、誰もいない。だからこそ、不快な子供時代の不満を両親に投げつける代わりに、より意欲的になぜこの状況を経験することを選んだのか、そしてそれによって何を学び、達成しようと望んでいるのかを問いかけるべきだ。こうした考えが、破壊的な恨みを分散させ、建設的な学習を促進することになる。 わたしは自分自身の人生を振り返ってみて、いかに自己の感覚があるとき、その正確な物質的複製物を引きつけたかよくわかる。子供のとき、わたしは犬が怖かった。どこに行っても、犬に吠えられ、追いかけられた。犬を怖がらない友達には、決してそんなことは起きなかった。私は単に不運だと考えた。しかし、そうではなかった。犬を怖がることで、犬を引きつけていたのだ。 われわれの潜在力は強く制限され、恐怖に関する領域では、進化は立ち止まっているが、恐怖に打ち勝つためには、こうすることが必要だ。あるがままの自分を尊敬し愛し始めたとき、他人がわたしにそうあってほしいと思う自分でなく、あるがままのわたしを愛し尊敬してくれる、たくさんの人を自分の周りに引きつけ始めたことを思い出す。 あなたは、友達を好きではないだろうか? あなた自身が変われば、友達はあなたに対する態度を変えるか、あなたの人生から立ち去るか、別の人たちが友達としてあなたの新しい意識を反映して現れるだろう。 あなたの人生に起きるすべてのことは、あなたが創っている。非常に多くの人が書店に行き、1冊の本が「奇跡的に」その本のほうから、自分の足の上に落ちてきたと言う。それは奇跡ではない。彼らは、それを自分でやったのだ。彼らの無意識が磁気的に本当の磁気エネルギー場と結合し、その本を本棚から引き出したのだ。無意識はその本が意識レベルの再覚醒の手助けになると考えて、物質的な方法でヒントを落としたのだ。 われわれが必要なものは、どんなものでもわれわれが引き寄せるのだ。 また病気という現実も創り出す。どんな病気でも、軽いものから命に関わるようなものまで、自分自身が引き金を引く。わたしたちがより大きな理解の旅を経験するために、生まれ変わりの前に選ぶか、過去の人生の無意識の下水と、現在の人生の感情的ごみが、それ自身物質的に病気として表れるのを選ぶ。肉体的な病気の本質は、病気をつくりだすような精神的感情的状態に関係がある。 自分が病気を創り出すのだから、病気を創り出さないようにすることもできる。 われわれすべてが自分自身の現実を創り出している [TOP] わたしたちは自分自身の現実と、物質的な経験を創り出す。あなたの人生のすべての出来事を、好きなことも嫌いなことも思い出してみるといい。そうすれば、もしあなたが自分自身に正直ならば、あなたがあなたをどう考えるかによって、それらを創り出してきたことがわかるだろう。 あなたの人生に起こることに対して責任を問うべき、あるいは肩代わりするべき人は誰もいない。あなたに責任がある。あなたはあなたを支配し、あなた自身の想像を変えることによって、望むどんなものにでも、あなたを変えることができる。わたしは、この概念を鮮やかに表現する、一つの文章を見つけた。 もし、あなたが今までいつもしてきたことをこれからもするなら、今までいつも得てきた不快なものを将来も得るだろう。 多くの人々によって、「カルマ」は、他人に対して行なったことが自分に返ってくることを意味する、と解釈されている。しかしわたしは、それ以上のことがあると感じている。 「カルマ」という言葉は、わたしたちが自分自身の現実を創り出す、ということのもう一つの表現なのだ。もし、あなたが誰かに対して、否定的に行動したら、その行動は、当座はそのままあなたに反映されるだろう。これは一つの感情パターンとしても発信される。もし、わたしたちが行動の結果を見ることから学習しないならば、そっくり同じ状態を次々と伝達していくことになるだろう。否定的な行動は、あなたの現実に否定的に行動する誰かを引きつけ創り出す。わたしたちが誰か他の人にしたことを、反復して返すような誰かを同じ振動のものとして、あなたに引きつけるだろう。 それは、まさしくカルマとして描くことができる、自己の感覚の鏡面像だ。しかしながら、もし自分の行動の結果を見ることから学ぶならば、自己の感覚は変化し、それに応じてパターンも変化する。人類は経験から学んできたし(「カルマ」の理由)、学習がすでに成就したときには、根拠のない罰を受ける必要は何もない。経験によって、パターンが変わっていくにつれて、そのカルマ、すなわち私たちが他人にしたことをわたしたちに繰り返すような誰かを引きつけるようなことはなくなるだろう。自己の感覚が変化するとき、それに応じてパターンも変化し、また引きつける物質的な経験も変化する。 人生に起こるあらゆるものはわれわれ自身に責任がある [TOP] 何? わたしは、誰も責めることができないのか? キャー! なんということだ。しかし、わたしは環境の犠牲者だ。‥‥わたしは不運だ‥‥わたしの子供時代はひどかった‥‥わたしはいつも病気だ‥‥わたしは奪われた‥‥虐待された‥‥悪の道に誘われた‥‥ あのー、失礼ですが、ごめんなさい。指をさすのをやめて、これを理解しなさい。あなたの人生、そのすべての責任は‥‥あなただ。 哀れなわたし=犠牲者。そして、犠牲者の精神性は犠牲者の現実を創り出す。絶望の無限螺旋だ。 哀れなわたしの精神性は、いつも苦労や失敗やその状況を変える行動をしないことなどの言い訳を探している。 この世界には、犠牲者が充満している。なぜならば、この世界は自分自身を犠牲者と見なすように方向づけられた人々で満ちているからだ。貧乏な家庭、金がない、不運、ひどい両親、偏見などで埋め尽くされている。 哀れなわたし、犠牲者の精神性はその状況の言い訳には不足しない。その苦境を責めるべき人にも事欠かない。この状況で行なう最も悪いことは、哀れなわたしを「不幸」とか、「不運」だと同情して餌を与えることだ。 わたしたちは、彼らの苦痛に共感することはできるが、彼らにとって一番必要でないのは、誰かが彼らの持つ哀れなわたしという自己への感覚をさらに強く確信させることだ。愛はいろいろな形を取りうるにしても、さらなる「不幸」と「不運」を創り出すことを人々に言うのは、決して、愛の一つではない。犠牲者なんていない。自分たちがそうだとまさに考えるから、その物質的現実を創ってしまうのだ。 「源泉の意識」とその分離 [TOP] わたしが「われわれは神、すべては神だ」と言うとき、人類がすべて同じ理解の意識水準にいることを意味していない。ありてあるものであるこの無限の心/意識の内部には、愛と知識と知恵の無限に至る意識水準がある。 最も高い振動において、すなわち神の御心において、「源泉の意識」とわたしが呼ぶものがある。これは、そこからほかのすべてのものが由来している心だ。源泉とは何か? 源泉とは愛だ。そして愛は全一(ワンネス)、すなわちすべてにおける均衡(バランス)だ。 最も深い感覚における全一の理解は、その分割を経験することから生まれる。熱いことと冷たいことの間にある均衡は、その双方を経験することによってのみ、理解することができる。両極端を体験して、初めて均衡を達成することを知る。 この世界は「現実世界」ではない [TOP] 誤解のないようにしよう。人々はあたかも、分離と苦痛が溢れるこの濃密な物質的な惑星こそ「現実世界」ととらえ、その中で生活していることについて話している。だが、これは実はあり得ないことなのだ。 言い換えれば、本当の「現実世界」とは全一(ワンネス)と呼ばれる高度に進化した存在の水準にある。あなたの目を通してみる世界は、巨大な学習体験のために原初の全き一つのものによって創られた、干渉縞立体映像(ホログラム)の三次元仮想現実(パーチャルリアリティー)のゲームにすぎない。 全一(ワンネス)は、この時空間の現実の土台、すなわち「映画の舞台装置」を作る思考形態と振動的な相互作用を創造した。しかし、映画を作るのはわれわれだ。誰と一緒に、そしてどんな想定で、自分がどの役を演じるか決定するのは、われわれだ。台本を書いて、自分自身が持っている想像に合うように、またその映画の役割に合うように物質的現実を創り出すのだ。 愛と尊敬に満ちた家族映画になるかもしれないし、恐怖映画になるかもしれない。あなたたちと、わたしたちのすべてがそれを決定する。ほかの誰でもない。「神」でも、「さまざまな偶然」でもないわたしたちが、それを決定する。 この過程を促進するために少々の扶助が必要とされ、特に、今後数年間で途轍もなくそれが拡大するだろう。「地球外生命体」の援助の中身はここにあるのだ。 そしてついには、地球の異なった国の人々と触れ合うのと同じような方法で、別の時空間次元の人たちと遭遇するだろう。しかし、もう一度、この自由・意志の仮想現実の中において、そのような援助を喜んで受け入れるかどうかを決定しなければならないのは、わたしたちなのだ。 時空間次元には、ちょうどラジオやテレビの周波数が同じ空間を分け合っているように、別のすべてと同じ空間を分け合っている。それらは、別の存在が気づかない異なった「世界」で作動している。しかしながら、非常に近いラジオの周波数はお互いに干渉し得る。 四次元では、われわれの夢をはるかに超えた技術に関する知識があるが、分離のためにこれはときに乱用される。知恵を欠いた知識、愛のない技術的発明は、非常に不愉快な組み合わせになり得る。 正であれ、負であれ、少なくともほとんどの「UFO」が来るのは、この四次元、あるいはより高次の次元からだ。UFO・地球外生命体の過度の隠蔽ぶりは異常であり、グローバルエリートによるこの現象の操作も異常だ。地球外生命体の「侵略」に対する恐怖は、世界政府と世界軍を正当化するのに使われている。ハリウッド映画は、方向づけの一部としてこの主題を扱っている。 正真正銘の宇宙船は、振動状態を変化させ、また次元を「切り替える」能力を持っている。彼らがそうしたら、彼らはわたしたちの物理的感覚では消えてしまう。彼らは実際は消えたのではなく、単にわれわれの時・空間の現実、つまり人の物理的視力と別の感覚が作動する振動数域から単に去っただけだ。 それはラジオの選局つまみを回すのに似ている。これらの宇宙船と生き物の多くは、「宇宙船」として単に現れただけの四次元から送信された思考形態でさえあるかもしれない。 宇宙もわれわれも 宇宙もわれわれも多次元で、われわれは多次元にも存在している [TOP] 太陽系の月と惑星は、物理的感覚では生命のないものと見えるかもしれないが、それはそれらの天体を単に自分たちの次元から見ているにすぎない。 別の次元では、これらの同じ惑星は生命の安息所に満ちている。これは、恒星についても同じだ。 人類は、地球を自分たちの物理的振動数の範囲内の知覚力から見ているが、地球はまた別の次元のすべてにも存在し、それは別の次元の何人かには、わたしたちがここで経験していることとは非常に異なって見えているかもしれない。 しかし、それは依然として、同じ多次元的な地球だ。人々の意識もまた多次元的であり、人間の複数の意識水準はこれらの別の複数の次元にもまた存在している! わたしたちは、まるで一つの人形の中にまた別の人形があるマトリョーシカ(ロシア人形)みたいだが、知覚が非常に限定されているという理由で、それらのほとんどと接続を絶たれている。 四次元からの干渉 [TOP] 四次元で働いている負の意識は、直接の生まれ変わりか、思考操作のいずれかであろうが、数千年間この世界を統制・分割・支配している宗教とさまざまな信条を創り出した。 グローバルエリートは、人が悪魔と呼ぶ極端な負の意識の物質的投影像か、別の場合では悪魔に憑依された人たちかのいずれかだ。 これら四次元の「悪魔」を操作している者は、社会のすべての分野に彼らの象徴を配している。なぜなら、彼らが支配の乗り物をすべて創ったからだ。 四次元と、その三次元における代理人と操り人形間の交流の主要な回路の一つは、グローバルな秘密結社ネットワークの上位の者だ。その結社では、入会儀式はイニシエート(操り人形)と四次元の操作者との間に、共振による接続を創り出すことができる。 それらは、四次元の高度に不均衡な要素だから、古代まで遡るピラミッドやすべてを見通す目や多くのほかの象徴が、依然として現代の秘密結社ネットワークに使われている。現代でも行なわれている悪魔の儀式と奇怪な儀式殺人は、この意識の餌となる巨大な量の負のエネルギーを生み出すように計画されている。 これが人類の歴史を通じて、現代でも依然として続いている人間と動物の虐殺が絶えない理由だ。 血が流れることが、「悪魔」の意識とそのグローバルエリートつまり、地球外生命体の地球での操り人形にとって、非常に重要なことなのだ。 ニューヨークの国連の建物は、ロックフェラーによって無料提供された土地に建てられた。そこは以前、大量の家畜が処分された場所だ。悪魔の力は、ピラミッドの頂上のルシファーのすべてを見通す目によって象徴され、それはグローバルエリートを通じて影響を及ぼしている。 同じ力が、少なくとも10万年以上、あるいはそれ以上にわたり、この惑星を支配し、操作してきている。しかし、この四次元の意識に対して、憎悪や恐怖を抱かず、攻撃的に反応しないことが決定的に重要なことだ。その意識は、人類の愛を必要としているからだ。なぜなら、この今の不均衡な状態へ導いたのは、愛が欠如しているからであり、憎悪や恐怖や攻撃的な反応は、彼らが刺激したいと欲しているその感情だからだ。それらは、悪しき力なのだ。 彼らの最も高い意識水準で、秘密結社ネットワークの負の部門を支配している者が、したり顔で四次元と地球外生命体の「ご主人様」に仕えている。 ピラミッドとすべてを見通す目が、アメリカの国璽(こくじ)の裏と、ドル札にあるのは決して偶然ではない。四次元の負の要素の代理人とその操り人形が、米国創立の陰に存在したし、米国を今日まで支配している。 彼らはグローバルな銀行体系、諜報機関、政治体制、報道機関、その他の代表として支配している。 イルミナティ、あるいはグローバルエリートとして知られるごく少数者の特殊な精神性が、大衆の意識を手なずけ世界の動向を制御しているが、その起源・手口・動機などは、四次元とその地球外生命体から引き継いでいる。これが、宗教を創造した同じ力がまたマイクロチップを埋め込み、それを世界的コンピュータに連動させる計画の背後の力でもあるという理由だ。 振動の大変換 [TOP] 今、この惑星上で、時・空間において現実に起きている振動の大変換の重要な部分は、四次元での負のエネルギーを浄化することであり、また人類の自由意志に対する陵辱を浄化することだ。 人類は、グローバルエリートのこの支配の最後の時代にいる。次元間の彼らの源泉が急速に衰えるにつれ、彼らは撤退を余儀なくされる。グローバルエリートは、マイクロチップを埋め込まれ、ロボット人間化された人たちに対するグローバルな政治的経済的な支配の目標到達が、もはや困難になっていると気づいているだろう。 人類が今まで、その持てる力のすべてを丸ごと無償で譲り渡してきたので、グローバルエリートは、支配の頂点に到達できたのだ。これからは、ただ状況を変えるだけだ。卵殻にひびが入り、人類が自身のより高次の次元と再結合するにつれて、自分自身の新しい洞察(ビジョン)と運命に目覚めつつある数百万人が集まってきているという事実を見れば、それはすでに明らかになっている。 終末の時を迎え、新しい世界と新しい地球を先導しながら、地球とわれわれのエネルギーの場は全面的に再編成されようとしている。 世界の異常気象としてますます顕著になっている変化は、わたしの考えでは、いわゆる温室効果の結果などではない。(しかなしながら、選民=エリートは、彼ら自身の目的のために気候を操作する技術を今や持っていることを知っておくことは重要だ) これらは、地球のエネルギー場に影響している振動数の変化が原因になっている。秤は動いているところだ。たぶん、極転換が古いエネルギー場(時・空間次元)から、新しいものに一変するのを完全にするまで、気候に対するこの効果は移行のときまで増加し続けるだろう。 フォトン・ベルト(光子帯)として知られる現象として部分的に現れているこれらの強い力を持ったエネルギーは、今では通常の「科学」の方法でさえも測定されている。1995年7月5日付、ロンドン『デイリー・テレグラフ』紙には、通俗「科学」の信念を粉みじんに壊すエネルギーが測定された、との記事が掲載された。 フォトン・ベルトがもたらす地球の偉大な変化 [TOP] これからのエネルギーは「科学」では宇宙線として知られている。 これらは、人類の「科学」が今まで発展させてきた技術でやっと測定できたエネルギーだ。 ほとんどの変化は「科学」によっては認知もできない、測定もできない振動次元で起こっている。しかし、人類の理知と精神と感情はいかなる技術よりも、はるかにより敏感にそのエネルギーを感じることができる。 太陽系は今、フォトン・ベルトの中に移動しているところであり、またこれらのエネルギーの効果は物理的な変化(気候、地理学的な不安定)と、すべての変化の根元、すなわち覚醒しつつある人類の心によってますます感じられるだろう、と多くの人たちが信じている。 もう一つの変化の巨大な源は、太陽系の霊的で物質的な心臓、すなわち太陽だ。わたしは、研究者のモーリス・コットリルの著作を興味深く読んだが、彼は太陽黒点の活動周期を研究していて、それによれば、太陽が非常に力強い磁気エネルギーを放射し、それが宇宙空間を旅して地球に着いたものは、太陽の嵐として知られているという。 彼はのちに、中央アメリカの古代マヤ文明が残した地球の進化の周期を測ったと主張する、驚くべき数秘術の数学大系に出会った。彼は、太陽黒点(磁的)活動の周期が、数千年にわたる人類進化のマヤ文明の周期に、きわめて近似していたことを実感して魅せられた。 これは決して、「偶然の一致」ではない。人生は磁的エネルギー場の相互作用と見ることもできる。磁気を変化させれば、あなたはあなたのエネルギー場の本質を変えられる。エネルギー場を変えれば、あなたは「人生」の本質を変えられるのだ。 こうした現象は惑星地球に今、起こっている。地球の偉大な変化についての、数多くの古代の予言を見てみるといい。アメリカのホピ族のような先住民のそれであれ、マヤ文明であれ、エドガー・ケイシーやノストラダムスのような霊能者であれ、人類が今日まで生きてきた期間における大きな変化を指摘している。 マヤ文明によると、地球の進化の最後の偉大な周期は、BC3114年に始まり2012年に終わり、そのときに、もう一つの非常に異なった進化の時期が始まるだろうと言う。 再び、同じ物語で、同じ基礎的な時間の尺度だ。流入してくるエネルギーはすでに非常に多数の人たちを覚醒させてきていて、その結果、人々は彼らがずっと締め出されていたこの地点へ上昇して、彼ら自身のより高い次元との再結合を助けることによって、開かれた鋭敏な目を通して、世界と自分たち自身を見ている。このようにして目覚めた人の数は、日々急速に増加している。あらゆる人が、この同じ旅を始めることができる。あなたがその旅をすることを選択すればいいだけのことだ。 どんなに大きな規模の変化が進展しようとも、パニックに陥ることではない。パニックに襲われることはないのだ! 人生は永遠であり、われわれは全一(ワンネス)の家へ帰る旅を始めることを許してくれる渦巻きの中へ、一つの周期を通って行こうとしているところだ。 秋と冬の「死」のあとには、「誕生」と「生命」の春と夏が来るのと、ちょうど同じように、進化の偉大な周期の中で、すべての次元が「死」と「生まれ変わり」のこの連続を通っていく。 新生と豊穣の春が、この崩壊と変化の期間のあとにやってくるだろう。心配することはない。どんなにでこぼこしていても、あるいは霊的に絶頂感を感じていても、この移行は、あなたとわたし、つまりわれわれ自身と「未来」の想像とに依存しているだろう。もし、それを破滅的だと考えるならば、そうなるだろう。しかし、絶対にそうなるというわけではない。わたしたちは破滅以外の未来を想像することができるし、それを現実にすることもできる。 われわれは、自分自身をそうなりたいと思ったものにすることもできるし、世界をわれわれがそうありたいと考えたものにすることができる。 暴力的(ネガティブ)な感情により地球は壊滅的なものになる [TOP] あなたは、いかに地球が人類の活動によって陵辱されているかを見なければならないし、どれほど深くこの理解が失われてきたかに気づかなければならない。 地球の意識、ガイア(原初の大地母神)、地球の霊、母なる自然は、あなたがすきなどんな名前で呼んでもいいのだが、物質的な肉体を通してそれ自身を表現しているわたしたちの意識レベルと同等だ。彼女(地球)はわたしたちが個人的に、また集団的に感じることを感じている。 もし、彼女(地球)の物質的肉体がそうであるように、あなたの物質的肉体が陵辱され続けるならば、あなたはどんな状態になるだろうか? あるいはもし、あなたの肉体からすべての体液がきれいに抜き取られたなら、あなたの肉体が鉱物のために強姦されたなら、どうだろうか? たしかに、地理学的活動と気候は、現代では空前の激しさを示している。人間の感情は涙を流す、震える、汗をかく、病気になる、皮膚が紅くなる、泣く、そして暴力を振るうというような肉体的な表現法を持っている。地球も同じように、雨、津波、海面上昇、地震、病んだ荒れ地、風、火山噴火などで表現する。 この惑星(ほし)の振動状態も、意識のもう一つの次元への量子的跳躍によって、一変させられているところなのだ。 わたしたちは「敵」を愛することができ、「わたしたちに不法侵入する人たちを許すこと」ができる。(中略) わたしたちは不可能なことは何もない光の素晴らしい存在である――という知識によって、恐怖に対面する機会を歓迎し、ポジティブな方法で恐怖を扱うことができる。 恐れるものは何もない。わたしたちは、永遠に生きる。どんなことがあっても。愛はほかのどんなものより、この移行を円滑にしてくれるエネルギーだ。(中略) この惑星は、愛されていないと感じ続けている。なぜなら、惑星はずっと愛されていなかったからだ。(中略) どんなときにも、できるかぎり、地球に愛を贈り、それをただ考えなさい。そうすれば、彼女はそれを感じるだろう。そして、彼女の身体と彼女からの贈り物を尊敬しなさい。 彼女に、愛されている、求められている、感謝されている、と感じさせなさい。 (中略) あなたは自分自身を愛することもできるし、自分自身を憎むこともできる。あなたは他人を愛することもできるし、他人を憎むこともできる。あなたは地球を愛することもできるし、地球を陵辱することもできる。あなたは宇宙空間を通って色々な星に行くこともできるし、家畜人間として飼育工場の中にとどまることもできる。 まさに、そのどちらを選択するのか。そのいずれを選択するのかによって、霊的及び物質的なそれぞれの結果がやってくる。あなたが選択し、そしてわたしが選択する。どちらをあなたは選ぶのか。 意識の最新の大変換 [TOP] あなたが真実を話したり考えたりすることは、この大変換にとってたいへん重要だ。 あなたが聴衆の前で話すとき、あなたの言葉や考えはまた地球のマトリックスに吸収され、それ以上にあなたの言行は、聴衆にその情報を聞く機会を提供する。このことは、限定した感覚を拒絶するために彼らの心を開き、彼らの考えはまた臨界量に加えられる。 わたしたちの世代のうちに、人類自身は臨界量に達するだろうし、その瞬間、地球のマトリックス、つまり人類の集合的心は、限定から無限へ、恐怖から愛へと切り替わる。わたしたちは今、それに向かって急速に進行しているところだ。 これらのエネルギーと変わりつつある人類の意識は、世界の気候の周期や相に影響を及ぼしていて、きわめて可能性が高いのだが、(近代では)前例のない地理学的な変動を招くだろう。 意識の三次元と四次元は合流してきていて、大変換が進行するにつれて、これらは五次元に順番に合流するだろう。三つの分離した水準値は一つになり、人々の人生と自己についての理解は、信じられない変化に向かって進んでいるところだ。 |
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