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『みすゞコスモス…わが内なる宇宙』 矢崎 節夫・著 JURA出版局 |
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【著者解説】
「ね‥‥ヒツジの絵を描いて!」 「え?」 「ヒツジの絵を描いて‥‥」 サン・テグジュペリの『星の王子さま』(内藤濯訳・岩波書店)の最初の場面です。 主人公はヒツジの絵を描きます。しかし星の王子さまは、どれも自分のほしいヒツジではないといいます。 そこで主人公はヒツジの絵を描くのをやめて、穴のあいた長方形の箱を描いてみせます。 「こいつぁ箱だよ。あんたのほしいヒツジ、その中にいるよ」 ぶっきらぼうにそういいましたが、見ると、坊ちゃんの顔が、ぱっと明るくなったので、ぼくは、ひどくめんくらいました。 「うん、こんなのが、ぼく、ほしくてたまらなかったんだ。このヒツジ、たくさん草をたべる?」 長方形の箱の中にヒツジが入っているかどうかは、わかりません。からっぽかもしれません。しかし、星の王子さまは、こんなヒツジがほしかったんだ、と喜びました。 人は見たいようにしか見ない、と気がついたのも、そして、みすゞコスモスの35編を旅し、見、聞き、感じたことも、私自身がしたことではありません。 みすゞさんが『蓮と鶏』の中で、〔それに私は/気がついた。/それも私の/せいじゃない。〕と歌っているように、両親の子として生まれ、以後、両親を含む私が出会ったすべての人や植物、動物、鉱物によって、もちろん、見えない尊いお方をも含めて、直接、あるいは間接に教えてもらったことばかりなのでしょう。 それだけではなく、自分として生まれる前の生まれ変わりの中で、学んだことや啓示を受けたことも、今、気づかせてくれる大きな力となっているにちがいありません。 物を書き始めた時から、自分の創作は自分が書いたのではなくて、創作の神さまからの贈り物だと思ってきましたが、今は、はっきりと、自分を支えてくれるすべてだとわかります。 見たいようにしか見ない、聞きたいようにしか聞かない、感じたいようにしか感じないという行為の主体は自分です。 自分を大切に育てれば、どんなことにも感動できる人になれるのでしょう。 生きていることが、たのしく感じるか、つまらなく感じるかも、自分の思い方、感じ方ひとつでしょう。 いろいろなことを、こんなにも見、聞き、感じるように育ててくれた、すべての存在に感謝したい気持ちでいっぱいです。 “ぼくはぼくでよかった!”と、今、とても思います。 |
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