水と風と子供 

  天と地を
  くゥるくゥる
  まわるは誰じゃ。
  それは水。

  世界中を
  くゥるくゥる
  まわるは誰じゃ。
  それは風。

  柿の木を
  くゥるくゥる
  まわるは誰じゃ。

  それはその実の欲しい子じゃ。
 
 
 『みすゞコスモス…わが内なる宇宙』
矢崎 節夫・著  JURA出版局
【著者解説】
 みすゞさんは自然科学の世界を、とてもすらっと歌っていて、よく驚かされます。『水と風と子供』もそうです。
 〔天と地を/くゥるくゥる/まわるは誰じゃ。/それは水。〕
 〔世界中を/くゥるくゥる/まわるは誰じゃ。/それは風。〕
 雲は天の水です。川や海は地の水です。そして、天の水と地の水をつなぐ水は、雨です。風が世界中をまわっているのは、天の水の雲が流れていくのでわかります。
 川や海の水は、太陽の熱で暖められて水蒸気となり、上昇気流にのって、上へ上へとのぼっていき、雲となり、冷えて、雨となって、また、地上にふってきます。
 水はかたちを変えて、私たちのまわりをまわっているのです。水の循環として、子どものころにならったことを、こんなふうに歌ってくれた、みすゞさんはすてきです。
 私たちの涙も、小さな水です。
 涙も落ちて、蒸発して空にのぼり、雲となって、冷えて、雨となり、私たちの上にふってくるのだそうです。
 だいたい、八十年かかるのだそうです。
 この話をしてくださったのは、宇宙物理学者で、みすゞコスモスの大先達、佐治晴夫先生です。佐治先生のおっしゃるように、“私たちの涙も八十年たつと雨として戻ってくる”としたら、なんとうれしいことでしょう。
 八十歳まで生きると、自分が生まれた時に流した涙に、雨となって出会えるのです。
 赤ちゃんが生まれて、まず泣くのは、この世に生きたという証しを残すためなのかもしれません。たとえ、八十歳まで生きられなくても、八十年たつと生きた証しが戻ってくる。生まれるということのすごさを感じます。
 みすゞさんが生きていれば、今年で九十三歳です。九十三ひく八十は十三ですから、私たちは今年、十三歳のみすゞさんの涙に、雨となって出会うことができるのです。もう半世紀以上も前に亡くなったみすゞさんですが、今も、私たちはこうして出会うことができるのです。
 それだけではなくて、雨の中には、お釈迦さまやキリストさまの涙も入っていますし、おおじいさんやおおばあさんや、歴史上の人物の涙も、みんな入っているのです。
 それも、蒸発して、繰り返し、繰り返し、私たちの上にふってくれるのです。
 この雨によって、木や草や、稲や野菜が育てられ、私たちは酸素をもらったり、食べたりすることができるのです。生かさせてもらっているのです。
 祖先たちは、なんとやさしい涙をいっぱい流してくれたのでしょうか。
 水の循環、食物連鎖、この世の中はすべて繰り返しでできているのでしょう。
 この繰り返しのひとつのつなぎとして、今、私は生きているのでしょう。このことがとても倖せです。未来の人たちのためにも、今うれし涙を流してくれている、泣きむしさん、ありがとう。
 
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