草 の 名 

  人の知ってる草の名は、
  私はちっとも知らないの。

  人の知らない草の名を、
  私はいくつも知ってるの。

  それは私がつけたのよ、
  好きな草には好きな名を。

  人の知ってる草の名も、
  どうせ誰かがつけたのよ。

  ほんとの名まえをしってるは、
  空のお日さまばかりなの。

  だから私はよんでるの、
  私ばかりでよんでるの。

 
 
 『みすゞコスモス…わが内なる宇宙』
矢崎 節夫・著  JURA出版局
【著者解説】
 ミヤマクワガタ  オキナワチドリ  イワチドリ
 虫や鳥の名前のようですが、花の名前です。
 ヒトリシズカ  フタリシズカ  ハナシノブ  ミヤマオダマキ  ハルユキノシタ   サクラソウ
 名づけた人の心柄が思われます。
 ウラシマソウ  ショウジョウバカマ  ヤブレガサ  ヒメルリトラノオ  オドリコソウ
 花を初めて見て、名前が浮かんだ時、名づけた人はどんなにうれしかったことでしょう。
 みんな、春の山野草の名前です。
 〔ほんとの名まえを知ってるは、/空のお日さまばかりなの。〕とみすゞさんも歌っていますが、花は自分がそう呼ばれているとは、知らないでしょう。でも、どれも花にぴったりのすてきな名前です。
 名前の呼ばれ方ひとつで、いのちをかけた鳥がいます。
 宮沢賢治さんの『よだかの星』です。
 鷹はよだかにいいました。「お前はまだ名前をかえないのか。お前の名前は、おれと夜と両方からの借りものだ。市蔵にかえろ」と。「鷹さん、私の名前は神さまからくださったのです。かえるなら、今すぐ殺してください」と、よだかは凛と答え、空にのぼって星になりました。
 よだかに対する鷹の行為は、戦前に私たちの国が朝鮮半島の人たちの名前を変え、ことばを変えさせたのと同じです。最近も、宗教上の名前に変えられた人たちが、いわれるままに非人間的行為をした事件がありました。
 名字や名前を変えさせるのは、相手の尊厳を否定し、ちがいを認めず、自分に従属させようとする傲慢な行為です。オイとか、お前といういい方も、それぞれに名のある草花を、まとめて雑草といってしまうのと同じです。
 今、金子みすゞさんを好きになった人はだれもが、“みすゞさん”とやさしく、美しい響きのことばで呼んでいます。みすゞさんの甦りで、私たちは人を呼ぶ時のうれしさまで、思いださせてもらったのです。
 ことばには、色とスピードがあります。
 名字や名前を、――さんと美しく呼ぶと、その後には、やさしいおだやかな色とスピードのことばが続きます。反対にそうでない呼び方をすると、驚くほど乱暴で、粗野なことばが続きやすくなります。
 人を美しく呼ぶということは、相手の心のカンバスに美しい色をぬるということです。
 未来のある小さな人たちの日々が倖せであるためにも、大人である私たちが、美しく呼ぶ人でいたいと思います。
 すてきなことばといえば、みすゞさんの甦りの中で生まれたことばがあります。
 “みすゞ天気 みすゞ元気”そして、もうひとつ、気持ちの良い天気を“みすゞ晴れ” 
 “みすゞ晴れ”、声にだすだけで、うれしくなることばです。
 
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