人は何のために祈るのか? I

 外の力を頼る習慣が内なる力を封印している

 私たちは病気を治すのにも外の力(医師や薬)を頼りにします。自然治癒力という病気を治す素晴らしい力が備わっていることを、まだ心から信じ、頼ることができないのです。それは、西欧の科学万能主義の間違った考え方に洗脳されてしまった弊害なのです。この思想の背景には、「力は外にある」と思わせようとしているある種の陰湿な存在からの働きかけがあったことも事実でしょう。しかしながら、それとて「神さま」の手のひらの上でのことです。
 時代はいま、長者が窮子に「実の子」宣言をしたように、「神さま」が私たち一人ひとりに「あなたは私の子だ。あなたには最初から私と同じ力が与えてある。それに気づくだけでその力は発揮されることになるのだ」と語りかけているのです。そのことに魂の底から気づくだけで、心の封印が解かれるのです。
 ただ、その力を与えられるためには、「信解品」の中で長者が若者に「悪意も、不正も、不誠実も、傲慢も見られない」と述べたように、やはり一定の心のレベルに達していることが必要となります。「超能力を得るには、まず人格の完成(霊格の向上)を目指さないといけない」のです。でないと、俗に言う「○○に刃物」ということになってしまいます。幼い子供に拳銃を持たせるようなものです。拳銃を持ったことで小躍りし、人前でやたらと打って見せるようなレベルの人間には、拳銃を持つ資格はないということです。
 私たちにもともと備わっている心の力ですが、この三次元世界では「脳」という変圧器によってその力がコントロールされています。私たちの脳は「見えない世界」とこの三次元世界をつなぐ変圧器の働きをしていることがわかっています。
 その機能は(特に右脳の場合)普通の人では2〜5%しか使われていないと言われています。残りの部分は、何ものかによって機能しないように封印されている形跡があるというのです。最近は、この脳の機能が著しく開発されている子供が生まれてきているといわれていますが、いよいよ新人類誕生の先駆けではないかという気がいたします。次元の壁が破られつつあるのを感じます。
 
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