生命思考 
ニューサイエンスと東洋思想の融合 
石川光男・著 TBSブリタニカ 1986年刊
 

 科学が無視する深層意識

 深層意識が身体に強い影響を及ぼす例としては催眠現象がある。「信じる」という精神作用は催眠の暗示と同じなのだ。催眠を使った治療法として効果があるとされているのは、皮膚疾患や気管支ぜん息などのアレルギー疾患、高血圧などである。また、胃潰瘍、大腸炎、いぼなどでも催眠療法が効く場合もある。
 しかし現代の医学で捉えている体への影響としての心は、深層意識ではなく、自分で自覚できる意識だけである。これは顕在意識である。もちろん顕在意識も体に影響を与えるのは事実だが、深層意識に比べればはるかに小さい。フロイトが指摘したのは深層意識(無意識)の働きだが、これはあくまでも精神異常に関連した現象に限られており、正常な場合についてはほとんど問題にされなかった。
 現代の科学は「もの」と「心」を、「見える」か「見えない」かで区別し、「見える」対象だけを実在と考える世界観で発展してきた。精神や心は機械で観測できないから、実在としてはみなされず、科学の世界では切り捨てられてきたのだ。
 その「見えない」心が身体に影響を及ぼすことがわかってきたのだが、心の世界も「見える世界」(顕在意識)と「見えない世界」(深層意識)、つまり自覚できる心と自覚できない心に分けてみると、医学は「見える世界」の心だけを対象としていることになる。
 顕在意識というのは感覚、思考、感情や新しい記憶などを指し、大脳の表面に近い大脳皮質(新皮質ともいう)と関係が深いと言われている。この皮質には言語中枢、運動中枢、聴覚中枢などがあり、複雑な意識を生み出している。
 私たちの日常的な思考、行動、価値観などといった顕在意識は、その背後に広がっている巨大な深層意識の世界に包まれた氷山の一角である。だから顕在意識と深層意識は切り離して考えることはできないのである。
 知覚できない意識としては、この他に無意識のうちになされる生命維持作用がある。そしてそれは自覚できる心と関係が深い。たとえば、大ぜいの人の前で話をするとき、慣れない人はたいてい胸がドキドキしたり、汗が出たりする。また怖いときにも動悸がひどくなり、心配ごとがあると食欲が減退する。逆に舞台俳優が縁起をする前にまじないをすると、あがらない。これらはいずれも交感神経(興奮)と副交感神経(緊張)が無意識のうちに自動的に働くからである。
 
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