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第6章 日本人の正統性、復活のために | ||
皇軍に絶大な信頼を寄せていた日本人 ここで若い読者にクイズを出してみよう。日本軍において、下級将校や下士官や普通の兵隊の最大の汚職とは何だと思いますか? 賄賂(わいろ)を受け取ること、と答えた人は不正解。武器を横流しすることも不正解。アメリカ兵なら、ライフルを売ったり、ピストルを売ったりする。ロシアになると戦車から戦艦まで、売らないのは核兵器だけ(今のところ?)だ。 正解は、残飯を横流しすること。兵隊の中には支給される食事を食べ残す人もいるから、食事が余る。それが残飯。それを誰かに横流しする。武器を売るなんて、考えた人もいなかった。 ゲートル1個でさえもなくなったら一大事。帳簿上の支給物資の数に現物の数を合わせる(員数を合わせる)のに死に物狂い。ましてや、鉄砲の部品をなくせば、「貴様、兵隊の魂を何と思うか」ということになる。 山本七平氏は『一下級将校の見た帝国陸軍』(文春文庫)で、こう書いている。 「『紛失(なくなり)ました』という言葉は日本軍にはない。この言葉を口にした瞬間、『バカヤロー、員数をつけてこい(合わせてこい)』という言葉が、ビンタとともにはねかえってくる」 鉄砲の部品をなくすことすら許されないのに、鉄砲を売るなんて絶対にありえない。―戦車を売るなんて思いもつかない。そのくらい日本軍の士気・規律は、厳格だった。 その背後に誇りがあったからだ。 民間人も軍人を尊敬していた。戦前の小学生に「大きくなったら何になりたいか」と聞けば、ほとんどの答えが、陸軍大将か海軍大将。偉い技術者になって、大発明をする、と答える生徒がたまにいたくらい。大企業の社長になる、という答えはまず絶無。まして、タレントだの、スポーツ選手だの、今の子どもたちの憧れの職業など皆無だった。 陸軍士官学校や海軍兵学校に入学することが、小・中学生の最高の夢だった。実際、一高(現在の東京大学)や三高(現在の京都大学)よりも、格が上だった。 ところが戦後、その軍人、尊敬していた“わが皇軍”が、大虐殺をやったと教えられた。ノーベル文学賞を受賞した作家の大江健三郎が人生の師と仰いだ渡辺一夫(仏文学者)は昭和21年、雑誌『デモクラシー』に次のように述べている。 「敗戦後詳細に知らされた南京暴行虐殺事件をはじめとして数々の暴虐行為が、あの『皇軍』のしわざであったかと思うと、『はたして』という感情と『まさか』という感情とが縒(よ)り合わされた気持ちになった。しかし暗い予感が実現されてしまったことの証拠が示されるのが事実である以上、ただただ気が滅入るのである」(前掲『検証・戦後教育』から引用) まさに、「急性アノミー」現象。これが多くの日本人の率直な気持ちだった。皇軍はカリスマだった。それがカリスマ喪失。急性アノミーがここに始まる。 |
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