2020年8月
首都直下・南海トラフ
日本消滅
28
巨大地震は私たちから何を奪うのか?
 
 今回は少し過激な内容になることをお許しください。
 これまで想定被災エリアに住む人たちに、暗に移住を促してきましたが、おそらく大半の読者の方は、さまざまな理由で今の場所に住み続けることになるのではないかと思います。
 そのことは、私からみれば大変残念で、お気の毒と思うことなのです。それで、再度、想定被災エリアに住む読者の皆さんの発心(移住の決断)を促す意味で、これまでの内容を整理してみたいと思います。テーマは表題の通り「巨大地震は私たちから何を奪うのか?」ということです。

 ほとんどの人は、首都直下地震や南海トラフ巨大地震が起きたら、まず自分やご家族の「命」を守ろうと考えるでしょう。私の言う「第一死亡原因」での死を避けることがまず頭に浮かぶはずです。
 倒壊する建物の下敷きにならないように、火災や津波に巻き込まれないように、避難しているときに水や食べ物がなくて困ることのないように、……と考える人が多いと思われます。
 そして、大半の人はその段階で思考停止してしまいます。それから先のことは、駆けつけた救助隊の人たちが考えてくれるだろうから、それに従えばよい――そう考えるのです。
 これが大変危険な考え方なのです。そのことを当「つぶや記」では口が酸っぱくなるほど説明してきました。つまり、今回の巨大地震では「いつまで経っても救助隊は来ない(来られない)」ということです。ですから、「救助隊が駆けつけてくれるまでの対策をしていればよい」という判断では助からないということです。
 被災したあとの救助を当てにしている人は、私の言う「第二死亡原因」で亡くなる可能性が高いということになります。おそらくほとんどの人が水や食料が得られずに、炎天下で衰弱死、餓死することになるでしょう。私は「避難者が多すぎて、屋根のある避難所に入ることも難しい」と申しました。ですから、そのような状況では、被災して家を失った人が「命」を守ることは難しいのです。

 このように、巨大地震は最終的に私たちの「命」を奪ってしまう恐ろしいものですが、その命を奪われる前に、私たちはそれまで「あるのが当たり前」と思っていた多くのものを地震で奪われたことに気づかされるでしょう。
 それでは、「巨大地震が私たちから奪っていくもの」を一つずつ確認していきます。

(1)「家」が奪われる。

 最初に、巨大地震によって私たちが奪われることになる大切なものは「家」です。
 それも、いわゆる不動産としての「家屋」という意味ではなく、私たちの「生活の拠点」としての「ホーム」のイメージでとらえてください。
 私たちは毎日仕事や学校、知人とのおつきあいなどで外出しますが、基本的には夜には家に帰ります。また、旅行や仕事の出張などで出かけても、いずれはまた家に帰ってきます。
 そういう意味で、家は生活の拠点となっているのです。単に物理的な場所という意味だけでなく、心が安らぐ場所、自分のプライバシーが守られる場所としての「生活空間」ということができます。帰る家がなくなると文字通り「ホームレス」ということになり、心を落ち着ける場所がなくなります。
 巨大地震は、このような私たちの「心を落ち着ける場所」としての「家」を奪ってしまうのです。物理的な建物としての「家屋」を壊し、燃やし、津波でさらって行きます。
 家が奪われるとどうなるかしっかり考えてみてください。
 私たちが家族と快適に共同生活をするための施設が失われるのです。
 具体的には、震災や水害で家を失ったときの避難所での生活をイメージして比較してみてください。家があることの有り難さが実感できるはずです。
 巨大地震は、あなたが大切に思う今の「家」を奪ってしまうかもしれないのです。
 あなたはいま、そのような場所に住んではいませんか?
 近い将来に必ず起きると予測されている(私が今年起きると確信している)首都直下地震や南海トラフ巨大地震の被災想定エリアに住んでいる人は、家を奪われる可能性が非常に高いことを覚悟しておく必要があるということです。
 そして、一日も早く、遅くとも私の考える「Xデー」までに、今の家に見切りをつけて脱出(移住)してほしいのです。移住先の家は今の家の半分の間取りであっても、被災後に(運が良ければ)収容される避難所に比べれば、はるかに快適なはずです。前に、次の巨大地震では被災者が多すぎて屋根のある避難所に入ることもできないだろう、と申し上げました。そうなれば「のたれ死にをするしかない」とも。
 今が、地震のあと野宿状態で疲れ果てているか、それともちゃんとした屋根のある自分の家の(借家であっても)布団の中で寝ることができるかの瀬戸際なのです。
 私の今回の忠告を、読者のみなさんは必ず思い出すことでしょう。どのような状態で思い出すことになるでしょうか。ぜひ後悔しない形で思い出していただきたいと思います。

 次に、東京都区内および近郊に住んでいる人に特に申し上げておきたいことがあります。
 これが冒頭に「過激な表現になる」と述べた内容です。
 藤井聡・著の『巨大地震Xデー』のなかでもよく、「地震による建物の倒壊率」という表現が使われます。全壊する建物を減らすために「耐震基準」を見直す、という考え方です。私は、この発想では首都直下地震から建物を守ることはできないということが言いたいのです。もちろん、だから「耐震基準」なんかどうでもよいと言ってるわけではありませんが。
 それは次のような理由からです。
 いま東京が震度6〜7の直下型地震に見舞われれば、おそらく多くの建物が倒壊するでしょう。しかし、倒壊せずに残る建物もあるのは確かです。
 その比率も計算されていて、『巨大地震Xデー』には次のようなデータが載っています。

 計測震度6・5 …………全壊率16%
 計測震度6・6 …………全壊率22%
 計測震度6・7 …………全壊率30%
 計測震度6・8 …………全壊率37%
 計測震度6・9 …………全壊率45%
 計測震度7・0 …………全壊率53%


 このように建物の全壊率を数字で確認してどんな意味があるでしょうか。
 私からみれば、首都直下地震で全壊率の違いを問題にするところが学者の発想だと思います。
 世界的な保険会社が「危険度世界一」と折り紙をつけている超過密都市東京が巨大地震に見舞われれば、必ず火災が発生するでしょう。老朽化した首都高速は倒壊し、その上を走っている膨大な数の車は落下したり、または玉突き衝突によって爆発は免れないと思います。燃え上がる車は次々と延焼して爆発を繰り返すことになるはずです。車が導火線となって、倒壊していない建物に引火して火災が広がることになります。
 そうなれば、建物が倒壊しているかどうかは問題ではないはずです。結局はどの建物も猛火に呑み込まれて燃え上がってしまうのですから。
 もし燃えずに残る家があったとして、その家の持ち主は「よかった。家は無事だ」と喜ぶことはできないのです。あたり一面は焼け野原だからです。そうでなくても道路は倒壊した建物のガレキで埋まっていて、歩くこともできない状態でしょう。
 東京都区全体がそのような焼け跡とガレキで埋まってしまうのです。そこを再び人が生活できる環境に戻すには膨大なエネルギーと費用を必要とします。首都が地震の直撃を受けた国家にそのような力はもう残されていないでしょう。
 いずれにしても東京は人の住めない場所になり、首都直下地震の激しさをとどめた歴史的遺物として、おびただしい数の犠牲者の遺体も取り出せないまま放置されることになると思います。もちろん日本という国は首都壊滅によって沈没し、世界地図から消えてしまうでしょうから、訪れるのは外国の旅行者です。
 「昔、ここに日本という国の首都があって、たくさんの人が生活していたんだけど、大きな地震で家が壊れてしまって、このように残骸だけが残っているんだよ」と観光案内されることになるかもしれません。悔しいし、悲しいけど、これがこれから訪れる現実です。もちろん、これは「首都直下地震が起きれば」という前提があっての考えです。
 ですから、過密都市東京に家を持っている人は、たとえ新しい耐震基準で建てられた家であっても、その家は必ず住めなくなることを覚悟しておくべきだというのが私の結論です。倒壊するかしないか、火災で燃えるか燃えないか、津波に襲われるか襲われないか、などは関係ないのです。東京そのものが人の住めない場所になるのですから。
 今回の結論を申し上げます。
 首都直下地震で東京は人の住めない場所になります。ですから、東京に家のある人は一人残らず、家を失うことになるということを覚悟すべきです。

 では、南海トラフ巨大地震の場合はどうでしょうか。
 こちらも、津波に襲われて家が奪われることは確実です。津波の被害を受けた家は押し流されてしまいます。もし津波に流されずに残った建物も、まわりは膨大なガレキに囲まれることになりますので、人が住める環境ではなくなります。生活インフラが全て破壊されるからです。
 
← [BACK]          [NEXT]→
 [TOP]