生命思考 
ニューサイエンスと東洋思想の融合 
石川光男・著 TBSブリタニカ 1986年刊
 

 競争から共生へ

 シロアリやミツバチは一匹ずつ単独では生きられない。集合体から孤立すれば、間もなく死んでしまう運命にある。シロアリやミツバチはこのように一つの集団が有機体システムである、と考えた方がよい。集団が一個の生物と同じ機能を持ち、その構成員が生殖機能、肝臓、筋肉などに相当する役割を担っている。ハチの集団の場合は、特殊な情報伝達手段を持っているが、これは感覚器官や中枢神経に相当する。
 人間も自然を構成する下部構造としてのホロンと考えられる。人間だけが自然から切り離された特殊な存在である、という考え方は修正しなければならない。ホロンとしての人間は、自律的に自由な行動をとるが、それは同時に地球、自然、社会といったより大きな有機的システム全体の調和がとれるように振舞うことが求められている。
 植物の根にとりついているバクテリアは、有機分子の構成を変え。植物がエネルギーとして使うために役立っている。また、人間の腸内にいるバクテリアも、私たちの生命維持に有益な働きをしている。このような生命体は形がちがい、働きが異なってもその関係はお互いに協調的である。共生と相互依存に支えられるシステムであると言ってもよい。
 これまでの進化論に従えば、生命のシステムは競争と闘争という視点から捉えられることになる。現象的にはそういう面もあるが、それは一つの側面に過ぎない。もっと大きな視野からみると、動物も植物も共生と相互依存のもとで生きており、それが結果的にバランスのとれた秩序をつくり出している。ホロンの考え方は、このように人間の考え方や文化のあり方を考える上で、共生ということを教えている。これも生命思考の一つである。
 生命体は個の性質だけでは説明できない。たとえば社会全体から非難の目で見られている暴走族グループであっても、そのメンバーが一人ひとりに分かれると意外に素直で、おとなしい少年だったりすることはよくある。ということは、生命体では全体なり集団なりの性質を捉える場合、個に還元するだけでは説明がつかないことになる。
 ところが現在の生物学の主流となっている考え方は、対象を単純な物質的要素に還元したり、原因−結果という直線的な因果関係を求めたりする方法である。「エネルギーの転換」はATP(アデノシン三リン酸)という化合物に還元し、また「自己増殖」はDNA(デオキシリボ核酸)の働きに還元して説明されている。
 DNAについては、生命の構造と機能を決めるすべての情報が書き込まれている、いわば、「生命の設計図」と考えられてきた。しかし最近では、DNAが構造のすべてを決定している、と断定できるのはたん白質だけ、という意見もあり、DNA決定論に疑問が出されている。
 生命体を個に還元して捉える方法というのは、このようにすべてを明らかにするわけではない。人間の集団を考えた場合は、個人の性質と集団の行動心理が互いに影響を及ぼし合っているといえる。その集団は、企業、家庭、学校あるいは満員電車などさまざまな形がある。そこでの個人と集団の関係は非常にダイナミックで、どちらが原因で、どちらが結果とはいえない。
 このように要素として個人の性質は、他の要素との相互関係で決まるが、これを数学では非線型性と呼んでいる。非線型の集団の特性は、個々の要素が持っている性質の総和以上に、集団としての新しい性質がプラスされることである。相乗効果というのは非線型集団の一つの特徴であるが、要素の数が多ければ多いほど相乗効果は大きい。
 一個の生命体も実は、非線型集団と考えられる。組織や細胞や器官などの要素からでき上がっている人間も非線型である。そして非線型集団としての生命体はたえず発生、消滅を繰り返す変化を続けている。たとえば、赤血球は四ヵ月毎に入れ替り、脳細胞を除いたすべての細胞は2、3年のうちに総入れ替えされているのである。
 これに対して非生命体は、要素の性質で説明できることが多く。因果関係が明快である。全体の性質を要素の性質の総和として説明できることが線型性の特質である。
 
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