生命思考 
ニューサイエンスと東洋思想の融合 
石川光男・著 TBSブリタニカ 1986年刊
 

 「切り身文化」に支配されている

 東洋にはまた全体食の発想がある。これは簡単に言えば、自然に存在しているものをできるだけ丸ごと食べることである。魚なら切り身ではなく頭から尻尾まで全部食べた方がよい。たとえば最近、人気のあるイワシなどは全体食に適している。東洋で小魚を重視するのは全体食の考え方からきているのだ。
 豆、ゴマ、穀物も全体食である。いずれも種子だからである。ところがたとえば私たちの米の食べ方は胚芽の部分を取り除いているが、これは魚で言えば切り身で食べるのと同じである。米を丸ごと食べるというのは玄米のまま食べることなのだ。野菜の場合も大根なら根っこから葉まで食べるのが全体食である。
 ところが私たちの食のスタイルは、欧米的な切り身文化に支配されており、何でもコマ切れにして食べようとする傾向にある。要素還元主義の考え方が文化面にも現れていると言えるかもしれない。これはあらゆるものについて包括的に捉えていく東洋の発想とは、全く逆である。
 東洋、ことに中国では食べ物だけでなくあらゆるモノを全体=丸ごと、で捉える。生命体としての人間を捉える場合も西欧の医学が死体解剖によって物質の構造を明らかにする方法でアプローチしているのに対し、中国医学では心と身体、さらに自然を包んだ全体の働きに着目している。
 丸ごと、というのは連続的自然観のことであり、切り身は非連続的自然観である。人間が病気になった場合でも西欧の医学では、さまざまな手法で“犯人”を特定のある部分に限定し、そこに人工的な作用を加えることで治す。これは自然を支配する考え方である。
「自然を拷問にかけて、その秘密をはかせる」のが科学の目的であると言ったのは、近代科学の土台づくりに寄与したフランシス・ベーコンだった。典型的な自然支配型の発想で、中国の「丸ごと主義」と逆さまである。
 中国医学では、身体の各部分のつながりを重視し、どこかある部分にトラブルが起きても、全身的な機能のアンバランスを元に戻すような道づくりをする。中国医学の療法の一つであるハリや灸が人体の中にある特殊な循環路として「経絡」を考えるのは、全身に注目するからである。
 現代の医学=西欧医学がつくった薬と中国医学の漢方薬にも、丸ごとと切り身のちがいがはっきり出ている。西欧医学の薬は、特定の成分だけを取り出してつくるか、化学的に合成して、ある部分にだけ効果をもたらすようなサラブレッド的な純粋物質である。漢方薬は自然界にあるさまざまな成分を丸ごと混合してつくり、微妙なバランスを持っている。
「経絡」や漢方薬は、西欧医学から見ればたいへん非科学的とされている。解剖による身体の構造や細かく分けた物質を手がかりとする西欧医学にとって「経絡」という考え方は幽霊のような存在にすぎない。ハリや灸、そして漢方薬が長い間、西欧の医学から無視されてきたのは「非科学的」と烙印を押されてきたためである。
 しかし中国医学を中心とする東洋医学やその考え方は、唾液や食のスタイルなどに見られるように、これまでの西欧的な考え方を反省し、私たちが新しい生き方を探る上で十分参考になるはずである。
 
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