ブルーアイランド
エステル・ステッド編 近藤千雄・訳
ハート出版
 
訳者あとがき
 

 ウィリアム・ステッドはスピリチュアリズムの勃興期に活躍したジャーナリストであると同時に、みずからも貴重な自動書記通信を残した霊能者でもあった。
 ステッドは1849年の生まれである。奇しくもその前年が「スピリチュアリズム元年」と呼ばれている。そのわけは、1848年3月31日に霊界と地上界の間で初めて暗号通信が成功したからである。スピリチュアリズムの理解のためにも、ここでこの経緯を詳しく紹介しておきたい。

 スピリチュアリズムの発端

 ニューヨーク州西部の都市ロチェスターの片田舎にハイズビルという村があり、そこの一軒家にフォックスという、夫婦と末娘2人の家族が引っ越してきた(長女はすでに嫁ぎ男兄弟は3人とも独立していた)。1847年12月のことである。
 前の住人のウィークマン氏の話によると、どうも気味悪い音がしてしょうがないので家を売りに出したという。が、フォックス家が移り住んでしばらくは、これといって不気味な音に悩まされるということはなかった。ただ、ネズミの仕業かと思える程度の音はよく聞かれ、何となく騒々しい家だという印象は抱いたという。
 それが明くる年から次第に激しさを増し、3月に入ってからは、夜になると何かを叩くような音や手でノックするような音、さらには家具を移動させているような騒々しい音が聞こえるようになった。そうした音は日増しに激しさを増し、真夜中にびっくりして起きるようになった。フォックス夫妻はそのつどランプをつけて家中をまわって点検したが。何一つ変ったことは見つからない。
 たとえば、ドアを叩くような音がする時はそのすぐ側に立って身構え、次に音がすると同時に開けてみるのだが、何も見当たらない。そのうち、ついに問題の31日がやってきた。その日は雪の降る寒い日で、風も強くて窓がガタガタいっていた。毎晩の出来事に業を煮やしていた両親は、2人の子供を自分たちの寝室で寝かせることにして、ベッドを運び込んだ。そして、何が起きても騒がないように言いつけて寝た。
 すると間もなく子供が
「また変な音が……」と叫んだ。
「放つときなさい!」と母親が叱るように言ってフトンをかぶった。とたんに、また大きな音がした。子供は怖がってベッドの上に起き上がってしまった。その時、母親が
「窓が外れてるのじゃないかしら?」と言うので、フォックス氏が起きて窓のところへ行き、トントン、トントンと叩いて、窓の具合を確かめた。
 その時である。末娘のゲートが
「お父さんが窓を叩くたびに天井から音がするよ」と言ってから、その音のする方角を向いて
「これ、鬼さん、あたしのする通りにしてごらん」と言って、親指と人差し指でパチンパチンと鳴らしてみた。すると同じ回数だけ音が返ってきた。うれしくなったゲートは
「母さん、ホラ!」と言って、もう1度指を鳴らすと、すぐまた音が返ってきた。何べんやっても返ってくる。そこでこんどは姉のマーガレットが
「こんどはあたしのする通りにしてごらん」と言って両手で4回叩くと、すぐさま4
つ音が返ってきた。
 古来、霊騒動とか騒霊現象と呼ばれているものは西洋ではポルタガイストと呼ばれ、今も昔も話題に事欠かないが、このケートのとっさの機転で、それがスピリチュアリズムという大発見へと一大飛躍をとげることになった。つまり地上界と死後の世界との間で一種のモールス信号による通信が成功したのである。
 コナン・ドイルはこれを海底ケーブルを使っての大陸間の電話の開通になぞらえ、テストエンジニアの間で最初に交わされた言葉は、ただ確認し合うだけの簡単なものだったであろうが、その後、国家間の重大なメッセージが交わされるようになっていったのと同じで、このゲートと“鬼さん”との交信が、その後、死後の世界の情報がふんだんに流れ込む最初の懸け橋となった、と述べている。
 たしかに、その時の対話は他愛もないものだった。2人の娘のしていることを傍で見ていた母親がその“鬼さん”に向かって
「じゃ、10回鳴らしてみて?」と言うと、きちんと10回音がした。
「娘のマーガレットの歳は?」と聞くと12回音がした。
「じゃ、ゲートは?」と聞くと、9回鳴った。
 答えているのは何者だろうか……母親は不思議でならない。自分の思念がこだましているだけではなかろうかと思ったが、次の問答がその疑念を打ち消した。
「あたしが生んだ子供は何人?」と聞くと7つ音がした。
「もう一度答えてみて?」と言うと、やはり7回音が返ってきた。そこでもう1ついい質問に気づいた。
「7人とも今も生きてるかしら?」
 これには何の応答もない。そこで
「何人生き残ってるの?」と聞くと、6つ音がした。
「死んだのは何人?」と聞くと、1つだけ返ってきた。たしかに7人生んで1人死んでいた。
 そこで、こんどは質問をその“正体”へと向けた。
「あなたは人間なの?」――返事がない。そこで
「霊なの?」と聞くと、そうだと言わんばかりのラップがした。
「近所の人たちを呼んできてもいいかしら?」と聞くと、いいと言わんばかりのラップがした。そこでフォックス氏が隣の家の奥さんを呼んできた。来た時は「まさか……」と言わんばかりの笑いを浮かべていたが、間もなく真顔に変わった。出した質問に対する返答が瞬間的でしかも正確だったからである。そして家族の人数を尋ねた時は、驚きがその極に達した「二人」と答えると思っていたら「四人」と答えた。実は幼い女の子を亡くしたばかりで、それを思い出して、その奥さんはその場に泣き崩れたという。
 このあと、話題はさらに発展して、その霊の地上時代の身元は行商人で、4、5年前にこの家に行商に来た際に、当時の住人に殺害されて金を奪われ、死体はこの家の地下室に埋められたという事実まで述べた。そうしたセンセーショナルな話題に発展したことで、この怪奇現象は「ハイズビル事件」とか「フォックス家事件」などと呼ばれるようになって行くが、スピリチュアリズムの観点からすると、この事件のもつ意義は、殺人事件の発覚に至る以前にすでに十分に果たされていた。
 つまり、地上界と死後の世界との間で交信が可能であることを証明してくれた点に、この事件の大切な意義があったのである。

(中略)
 
7回に分割掲載します(なわ・ふみひと)
 
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