ブルーアイランド
エステル・ステッド編 近藤千雄・訳
ハート出版
 
訳者あとがき
 

 ヨーロッパにおけるスピリチュアリズム

 さて、スピリチュアリズムがヨーロッパへ飛び火してからは、英国では化学者で物理学者のウィリアム・クルックス、博物学者のアルフレッド・ウォーレス、物理学者で哲学者のオリバー・ロッジ、古典学者のフレデリック・マイヤース、フランスではノーベル賞受賞者のシャルル・リシェ、天文学者のカミーユ・フラマリオン、ドイツでは精神科医のシュレンク・ノッチングといった学問畑の著名人が。専門分野を一時お預けにして本格的に調査・研究し、その結果、一人の例外もなく、肯定的結論、すなわち霊魂説を打ち出している。
 その研究成果をいちいち紹介している暇はないが、その代表的人物として、冒頭のエステル・ステッド女史の「父からの通信が届けられるまでの経緯」の中で訳註として紹介したウィリアム・クルックス博士について、もう少し詳しく紹介しておきたい。英国におけるスピリチュアリズムの動向を象徴する存在であり、他の研究家も、大なり小なり、この人の影響を受けていない人はいないと言えるほど、大きな業績を残しているからである。
 英国の有名な学術組織である王立協会(英国学士院とも)の会員に選ばれることは大変な名誉とされているが、クルックスはその早くからの業績のゆえに29歳の若さで選ばれている(1863)。続いて1875年にはロイヤル・ゴールドメダルを、1888年にはデイヴィー・メダルを、1897年にはサーの称号を、1904年にはコプリー・メダルを、そして1910年にはメリット勲位を受けている。歴任した役職を見ても、王立協会をはじめとして化学協会、電気技師協会、英国学術協会などの会長を勤めており、まさに英国科学界の重鎮だった。
 それだけに、博士が心霊現象を独自に研究してみるという意向を公表した時のジャーナリズム界の反応は“大歓迎”一色で
「クルックス博士が研究してくだされば、もう大丈夫だ」
と、その成果に期待した。が、彼らが期待した成果とは、心霊現象や交霊はみんなマヤカシであるとの断定であって、まさかその実在を肯定することになるとは想像しなかった。
 が、まる1年後に博士が王立協会に提出した報告書は、それを全面的に肯定する内容になっていた。そして案の定、協会はそれを協会の機関誌に掲載することを拒否した。案の定といったのは、クルックスは1年の研究期間中に、協会の役員の立ち会いを再三求めていたのに、ストークス会長をはじめとして、みんなそれを忌避していたからである。
 そこでクルックスは、自分が編集主幹をしていた季刊誌〈科学ジャーナル〉Quarterly Journal of Scienceの七月号に掲載した。そして、これが科学界とジャーナリズム界に大反響を巻き起こした。とくにジャーナリズム界は、その期待が裏切られただけに、実に都合のいい、幼稚な言い訳をしている――
「これは、もう一度、誰かほかの人にやってもらわないと……」と。
 むろん科学者の中にも頭から毛嫌いする人が少なくなかった。しかし同時に
「あのクルックス博士がまさか騙されるはずはない。何かがあるはずだ……」
という信念から、みずから研究に着手した者も少なからずいた。その典型的な例がフランスのリシェ博士である。
 リシェはノーベル賞を受賞した世界的な生理学者である。のちに「心霊研究三十年」Thirty Years of Psychical Research(1923、未翻訳)を出版するまでに至るその端緒をつけたのも、クルックスの研究報告書「スピリチュアリズムの現象の研究」Researchs in the Phenomena of Spiritualism(未翻訳)で、中でもキング霊の完全物質化像の写真だった。(新潮社の拙訳『コナン・ドイルの心霊学』に2枚、ハート出版の拙著『人生は霊的巡礼の旅』に1枚掲載)
 リシェはその時のことをこう述べている。

 当時の科学的常識を絶対と思っていた私は、クルックス博士の見解を自分で実験して本当かどうかを確かめてみようなどという考えを抱く余裕など、カケラもなかった。人間というのは、人のやったことは頭から嘲笑うだけで平気でいられるものだ。恥ずかしい話だが、私もその一人だった。博士が写真を公表して、霊が物質化してその姿を写真に撮らせたこと、しかもその物質化像にも脈拍があったという報告を読んだ時、いかに尊敬申し上げてる高名な物理化学者とはいえ、私は声に出して笑ってしまった。

 が、そのリシェも、その後の体験で、それまでの学問的常識では説明のつかない超感覚的能力や異常心理(多重人格症)の存在に気づき、少しずつ霊的なものへの関心が強まり、1892年にイタリア人女性霊媒ユーサピア・パラディーノによる心霊実験会に“ミラノ委員会”の一員として出席して、驚異的現象を目のあたりにして圧倒された。その時のことを次のように述べている。

 ミラノでユーサピアの現象を見るまでの私は、クルックス博士はとんでもない過ちを犯されたと確信していた。ジュリアン・オショロビッツ博士も同じだった。が、その時はじめて私は真実に目が覚めた。そして、胸をかきむしられる思いで、オショロビッツ博士と同じくこう叫んだ「パーテル・ペッカピ」(神よ、私か間違っておりました)と。

 クルックスが撮影したものに優るとも劣らない物質化霊の写真を紹介しておく。これは出現した霊がかつての王妃だったこともあって鮮烈な印象を与えた。列席者が息を呑んで見つめている雰囲気がよく出ている。クルックスの写真と同じく世界中で多くの物理霊媒が輩出した19世紀後半から20世紀初頭にかけての時代のものである。
 
 
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