日本の真相!
知らないと「殺される!!」
船瀬俊介・著 成甲書房 
第T部 闇の勢力に支配されているニッポン
明治維新の真相――
それはメイソン革命だ!

孝明天皇暗殺・明治天皇すり替え、
巨大スキャンダルの深い闇
 

 メイソンの手の上に乗った“長州ファイブ”

 伊藤博文による孝明天皇刺殺……というショッキングな史実に触れる前に、彼の出自を明かさなければならない。博文の幼名は俊輔。生家は貧農で、足軽以下の身分であった。彼は長州藩の最下層の忍者、下忍として頭角を現す。その役目は暗殺であった。彼が通った松下村塾の吉田松陰の身分は中忍だった。
 だから、同塾の正体は、諜報員(スパイ)養成の藩校だったのだ。
 松陰は長州・田布施出身の少年、大室寅之祐の守役を博文に命じた。
 大室家は、南北朝時代に北朝に敗れた南朝系の皇統を継ぐ一族と伝えられている。
 しかし、私の手元に一通の書状がある。寅之祐、実弟の玄孫(やしゃご)J氏の克明な調査記録。「大室家が南朝系とはウソ。正体はわずか4代続く農家」という。それなら南朝説も捏造か?
 若い頃の博文の写真が残されている。右手に太刀を握り、なかなかの迫力だ。
 テロリストとしての凄みが伝わってくる。
 1862年12月には、高杉晋作らと英国公使館を焼き討ちしている。さらに、国学者・塙忠宝(はなわただとみ)を襲撃、斬殺している。まさに、血に飢えたヒットマンそのものだ。
 ところが暗殺者は豹変する。翌年、英国に密留学という挙に出たのだ。
 かれらは、別名“長州ファイブ”と呼ばれる。招待したのは英国一の大富豪でフリーメイソン、マセソン商会会長。5人はその豪邸に寄宿して、英語などを習得した。現在の邦貨にして10億円近い留学費用も、“かれら”が負担したのは、言うまでもない。
 5人の別名は“マセソン・ボーイズ” つまり、マセソンの手の上で操られた少年たち……という意味だ。よって、5人がロンドンのメイソン・グランドロッジに“招待”されたのは間違いない。同ロッジには、かれらの写真が掲げられている、と伝えられる。
 つまり、博文以下5人は、栄えあるメイソンリー(会員)として、意気揚々と帰国したのであろう。
 
 
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