「心の時代」の
人間学講座
石川光男/船井幸雄/草柳大蔵 アス出版 

 本当の幸せをもたらす価値観の手掛かり

 「皆様、今、お幸せですか?」
 とたずねられると、よほどの人でない限り、とっさには答えられないものですね。
 今の日本では、少なくとも飢えることはありませんし、住むのに困ることもありません。物が豊かで、あまり不自由なく生きていけるという条件が充分に満たされているのが現代社会です。また、戦争がありませんから、不慮の死に直面するのは交通事故ぐらいです。
 物が豊かで文化的生活を享受できて、こんな幸せな時代はないと考えられるのに、「幸せですか?」と聞かれて、即座に「ハイ」と答えにくいのは、なぜでしょうか。
 その一つの理由は、「幸せ」の定義は人によってまちまちであり、自分なりの「幸福観」をしっかりと確立している人は、少ないからではないかと思います。
 幸せとか生きがいの問題には価値観が関係しています。価値観には個人的なものもありますが、時代や地域社会の文化的状況によって大きな影響を受けます。すなわち、私達を囲む文化的背景によって私達の価値観が左右されるのですが、自分ではそれには気付かずに身の回りの人々の平均的な価値観を基準にして、自分の生き方を決めている場合が多いのではないでしょうか。
 私達が無意識的に容認している現代文化の価値観として、「便利さ・快適さ・効串」などを挙げることができます。そのおかげで、先進国社会では程度の差こそあれ、「便利さ・快適さ」を享受しています。
 しかし、この 「便利さ・快適さ・効率」を追求する私達の文化は、果たして私達の生命にとって本当に有益なものなのでしょうか。この点について、私は大きな疑問を持っています。
 最近、野性の動物をペットとして飼う人が増えていますが、野性の動物を飼って文化的生活をさせますと、歯槽膿漏になったり、虫歯になったり、ストレスが高じたりします。私達の生活に似た文化的生活をさせると、たちまちにして野生動物の生命機能に障害を引き起こすのです。これは裏を返してみますと、私達の文化には生命本来の機能を弱めるという弱点が潜んでいるということを意味します。
 私達は気付かずに生活していますが、私達の文化は。便利さや快適さという目的は実現できても、生命の潜在能力を活かすという目的を実現するためには、大きな欠点を持っている、ということになります。私達は、そういう文化にすっかり慣れています。
 それでは、私達の文化やライフスタイルの見直しをする時に、いったいどういう価値観を基礎にしたらいいのかという問題になってきますが、これに対して一義的に答えを出すのは、なかなか難しいことです。
 しかし、生命というものを見直すことによって、国民性やイデオロギー、宗教などに左右されず、古今東西に通用するような価値観の手掛かりがつかめるのではないか、というのが私の考えです。
 私達の文化には、これまで生命を活かすという発想が欠けていましたが、これからは、生命を本当に活かす文化、生き方、幸福観などを再発見する必要があるのではないかと思います。
 科学者は、一般にこのようなことを考えるのをあまり好みません。科学と価値観がかかわり合いを持つことを本能的に避けようとする傾向が強いからです。
 確かに科学の研究によって真理の探求をする時に、特定の価値観を持って判断してはいけないということは言えるかもしれません。しかし、科学の研究をして、自然現象のある真理を見つけた時に、それを手掛かりにして有用な価値観を発見することを否定しているのではないと思います。
 私はこのような立場から、最近の科学の研究成果を一つの手掛かりとして、新しい価値観を探ってみたいと思っております。
 今日は、それを皆様にお話ししようと思います。その手掛かりを具体的にどのように皆様方のライフスタイルやビジネスに応用するかは。皆様方におまかせしますので、これからの人生を考える上での参考になさっていただければ幸いと思います。
 
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