日本国民に告ぐ
誇りなき国家は、滅亡する
小室直樹・著 ワック出版 
第1章 誇りなき国家は滅亡する

 後世に禍根を残した河野洋平官房長官談話

 そもそも、「従軍慰安婦」問題が大きなニュースとなったのは、「元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀 重い口開く」と題した平成3年8月11日付の朝日新聞の報道であった。
 そして、翌平成4年、宮澤喜一総理(当時。以下略)の訪韓直前に、加藤紘一官房長官が「従軍慰安婦の募集や慰安所の経営等に旧日本軍が何らかの形で関与していたことは否定できない」との談話を発表した(1月13日)。韓国の日本大使館にデモがけられ、タマゴが投げつけられる中、訪韓した宮澤総理は「筆舌に尽くしがたい辛苦をなめられた方々に衷心よりお詫びし、反省したい」と公式に謝罪した。同時に、この問題の真相究明などの措置を約束した。
 これを受けた形で、内閣官房外政審議室が主担当となり、警察庁、防衛庁、外務省、文部省、厚生省、労働省が調査した結果を「朝鮮半島出身のいわゆる従軍慰安婦問題について」と題して平成4年7月6日に公表した。
 この調査結果のどこにも、日本軍および日本国政府が直接、慰安婦を強制徴募したことを示す資料は存在しなかった。つまり「強制連行」を裏づける資料はなかったのである。
 ただ、昭和13年2月23日付で内務省警保局長から各府県長官に出された文書の中に、慰安婦の募集と渡航に関係省庁として配慮を促す旨の記述があったことを受け、「いわゆる従軍慰安婦問題に政府の関与があったことが認められる」と結論づけた。
 日本政府の調査結果が「いわゆる従軍慰安婦問題に政府の関与」はあったが、「強制連行を裏づける資料はなかった」としたことに反発した韓国側は、日本政府に追加調査と元慰安婦への「誠意ある措置」を要求した。「誠意ある措置」とは「日本の歴史教科書への正しい記述と学校現場での教育で、過去への正しい認識を日本社会に広げること」(平成4年7月31日付朝日新聞報道)である。
 こうした経緯から、日本政府は平成4年7月の報告書に続く形での最終報告書を平成5年8月4日に発表した。宮澤内閣が政治改革問題で総辞職する前日のことである。この日、内閣外政審議室が発表した「いわゆる従軍慰安婦について」の中では、慰安婦の募集について、「更に、官憲等が直接これに加担する等のケースもみられた」と述べていた。しかし、問題の「強制連行」のケースを示す資料は何一つ明示されなかった。
「従軍慰安婦」問題が全教科書に登場することになった最大の原因は、この平成5年8月4日、当時の内閣官房長官・河野洋平が、まったく根拠がないのに「慰安婦関係調査結果発表に関する内閣官房長官談話」を発表したことに始まる。
 河野長官はこの日、慰安婦の募集について「官憲等は直接、これに加担したこともあったことが明らかになった」と述べ、「心からのお詫びと反省の気持ちを申し上げる」と公式に謝罪したのである。しかし、「明らかになった」というのはどういう事実なのか、何一つ示されていない。
 
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